第一章 あなたの恋、代筆します
1.「きわめて、じゅうよう」
ふとしたことがきっかけで、いろんなことが次々とドラマみたいに起こることって、たぶん誰の人生にもあるのだと思う。
私の場合、きっかけはラブレターだった。
「ね、ねねね、お願いがある」
机を隣同士にくっつけてお弁当を広げたサナが、いつになく真面目な顔で両手を合わせて眉を下げている。
お昼休みの教室は、いろんな食べ物の匂いでカラフルな空気に包まれている。がやがやしている教室のすみっこの席で、私たちはいつもお昼ご飯を共にしていた。
「え~どうしよっかな」
困り顔のサナが可愛くて、私はちょっといじわるをする。
「やだ~おしず、お願い~」
するとサナはメッセージでよくある『泣』のマークそのままの顔で私の腕をゆすった。サナは顔のパーツがよく動くから表情がわかりやすい。
私の名前は静かな葉っぱと書いて
当初は時代劇みたいで恥ずかしかったけど、今はもう自分の体の一部みたいになってしまった。
「わかった、数学のノート?」
なんとなく予想で言った。高校に入って一年同じクラスで過ごしてきたから、いつものパターンだと思って。
「もうそれは諦めた。もっと大事。きわめて、重要」
サナは眉間にしわを寄せて首を振ると、人差し指を立てて言った。
「きわめて、じゅうよう」
いつもふにゃふにゃと笑っているサナには似合わない言葉を、私は口の中で転がす。うーん、しっくりこない。
「ね、いいよね? てか強制。話聞かれたくないから放課後マックね」
「マックじゃ、誰かしらに会いそうじゃない?」
「じゃ駅前のカラオケ」
「ん~、まいっか」
カラオケって、たくさんの音であふれていて少し苦手だ。でも、このあたりで何か飲んだりしながらじっくり内緒話できそうなのはそこくらい。
「やった~。ありがと、おしず~! いえ、静葉さま」
あっけらかんとしているサナにも、そこまでして誰かに聞かれたくない秘密があるんだ。少し意外な気持ちを抱えて放課後を待った。
窓際の席の子が窓を開けると、ふわっと新鮮な春の空気が入り込んだ。若い緑の香り。胸がそわそわする春の気配が、私たちの間を通りぬけていった。
サナの『きわめて重要なお願い』というのは、好きな男子へのラブレターを代わりに書いてほしいということだった。
代わりに書くといっても、内容はサナが考えるから、私の字で清書をしてほしいということらしい。
私は最初あまり乗り気ではなかった。
「え、なんで代筆?」
「あのね、わかってるでしょ、あたしの字が汚文字だってこと! そんなのバレたら有馬くんに引かれるってば!」
サナが顔を真っ赤にして両手を振った。ドリンクバーのいちごミルクをストローでズゴゴゴと吸っている。
サナ曰く、『ジブリに出てきそうな眼鏡男子』の有馬さんは、隣のクラスの想い人だ。
彼のことを話すサナは特急列車のようだった。
「もうね、とにかく落ち着いてて大人って感じ。委員会が一緒でさ、二年生うちらだけだったからなんか話さなきゃと思ったのね」
「はい」
「でも、見た目静かそうだしさ、何好きか全然わかんないから、とりあえず色々質問してみようと思って。好きなおにぎりの具はなんですか? って聞いたの」
「うん」
とっさに出てきた話題がおにぎりというのはとりあえず置いておく。
「そしたらなんかふ、って微笑んでさ。これがやばかったの、育ちが良い人の微笑み、みたいな。イルカスマイルみたいな、あの絵画のやつね」
「アルカイックスマイル」
「そう! んでなんつったと思う? 塩にぎりだって! え~具じゃないじゃん~かわいい!! って思って。なんかあえてのシンプル選ぶの大人だねって、あたしなんか明太マヨからあげとか、具がいっぱい入ったの好き! っていったらさ~」
「うん、大体わかった」
おとなしく相づちを打っていた私だけど、そこで一旦特急サナ号を停車させた。
塩にぎりのポイントがいまいちわからなかったが、彼女の心には刺さったらしい。
サナは、よくわからないスイッチがあって、そこにヒットすると、とことん沼にハマっていく。
一年生の時も、筆箱にいかにも観光地のお土産屋さんに売ってそうな、ドラゴンのキーホルダーをつけた男子のことが好きになって、しばらく引っ付いていた。
(当時の彼女曰く、「小学校の修学旅行で買ったんだって。物を大事にしてそうでいい~」とのことだった)
でも、夏が終わるころにはコロッと何事もなかったかのように私のところへ戻ってきた。
きっと今回もそんな感じだろう。私はたかをくくっていた。
「てかさ、字が気になるなら、スマホのメッセージじゃダメなの?」
私はふと気になったことを聞いてみた。
こんな便利な世の中、わざわざ手書きにこだわる必要ってあるのだろうか。
この時の私は、手紙なんてスマホや電話がなかった時代の名残、みたいに思っていた。
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