最終章 こころの綴り方

32.「みんなにお願いがある」

 そして、夏休みがやってきた。


「ねえ、今日は町屋、置いてきたの?」

「部活」

「なーんだ、つまんな。えいえいっ」

 サナがにやつきながら私をつついてくる。学校がないからと、ぷっくりオレンジ色に彩られた指先をかわしながら、私は颯真の姿を探す。


 私たちはとある競技場に来ていた。そう、颯真の大事な試合があるのだ。

 ちなみに羽衣ちゃんはというと、貯めたバイト代で先輩と南の島へ飛び立った。ツーショットでピースサインをする羽衣ちゃんは、先輩がチョイスしたのか、なかなか攻めたデザインの水着に身を包んでいた。赤い水着は、真っ白な羽衣ちゃんの肌によく映えていて、サナときゃいきゃい騒いだ。

 


 つい先日、私たちは颯真へ呼ばれて個室のあるカフェに来ていた。羽衣ちゃんは旅先からスマホでリモート参加だ。

 颯真はいつになく緊張した面持ちで、私たちへ言った。


「みんなにお願いがある。また、世話になっちゃうな……」

「任せとき」

「頼む前から超乗り気じゃん、サナ。それで、どうしたの」

 私が問いかけると、颯真はリュックから一通の手紙を取り出した。颯真らしい、爽やかなトリコロールの手紙。


「これ……、書いてきたんだ。渡すとき、告ろうと思う。でも、正直いざ告るってなったら、すげー怖くなってきて……。見守っててほしいんだ」

 なんと颯真は自分で手紙を書いてきたのだ。

 画面の向こうの羽衣ちゃんが思わず息をのむのがわかった。


「それで、相手は?」

 サナが身を乗り出す。ノリノリのサナとは対照的に、両手を組んだ颯真の表情は陰りが見える。サナは颯真の不安げな様子を察して、前のめりだった体をゆっくりと戻した。

「それがさ……」

 颯真は一瞬眉間に力を入れると、少しずつ話し始めた。

 相手はサッカー部のチームメイトの一人。夏休み中にある試合が終わったら、手紙を渡すらしい。


「告るかどうか、今まですげー悩んだ。チームメイトになんか相談できないしさ。でも俺が怖気づいてるうちに、家の都合で秋から転校するって知って……。だから悔いがないように、俺の気持ちをちゃんと伝えようと思ったんだ」

「……うん、わかった。私たちでよければ」

 気が付いたら、強く握りしめた颯真の両手に手を重ねていた。

 初めて握手を交わした時、みんなで円陣を組んだ時、あんなに優しく力強いと思っていた颯真の手が、わずかに震えていた。


「颯真、ずっと一人で抱えてて辛かったよね。ごめんね、あたし無神経にずかずか入っちゃって……」

 サナは眉を下げてしょんぼりしている。

「いや、そんなことない。三人だから、話そうと思ったんだ。羽衣も、邪魔しちゃってごめんな。わざわざありがとう」

 颯真がスマホをのぞき込むと、羽衣ちゃんがいつもの包み込むような優しい顔を浮かべていた。

「ううん、大丈夫。すっごく勇気がいるよね……。わたしも、死んじゃいそうなくらい、ドキドキした。颯真くん、頑張れ!」

「ありがとう……、本当にありがとな」

 颯真はこみ上げる涙をこらえるように口を引き結んだあと、泣きそうな笑みを見せた。



 天気は快晴。試合は手に汗握る接戦だったけど、颯真が華麗にゴールを決めて、勝利を勝ち取った。


「わー! やばい、おしず見た今の? こりゃ、まーた颯真ファンが沸くよ」

「それな。めっちゃかっこよかったね。これで告白に行くの最高のシチュエーションじゃん」

 サナが私の肩をつかんでジャンプしている。最前列からは大勢のファンによるカラフルな歓声が聞こえた。

「あーやばい。ドキドキする。大丈夫だよね、颯真」

「大丈夫に決まってんでしょ、行くよ」


 試合が終わって解散になると、私とサナは颯真に指定された秘密の場所へ向かった。


「あ、颯真!」

 競技場の裏にある物置小屋の近くに颯真を見つけた。試合の直後で汗ばんだ首筋を日陰の涼やかな風にさらしている。

 唇をきつく結んで背筋を伸ばして立っている颯真の周りだけ、空気が張りつめているようだ。


 颯真は私たちに気が付くと、はっとしたように表情を改めたあと、こぶしを挙げて笑った。

「なんとか勝利‼」

「颯真、試合おつかれ~!」

 サナが手を振りながら颯真に向かって小走りしていく。颯真とハイタッチを交わして小さくジャンプした。

 颯真は目元をくしゃっとさせるいつもの笑みで頭をかいた。

「いや~焦った、マジで。これで負けたらどうしようかと思った」

「うちらの颯真が負けるわけないじゃん~。手紙、持ってきた……?」

 サナが聞くと、颯真は満面の笑みでサムズアップ。


「うん、持ってきた。うわ~、すげー緊張する……。やべ、変な汗止まらない」

 膝に手をついて情けなさそうに笑う颯真の肩を、サナが優しくたたいた。

「な~に弱気になってんのさ。決めたんでしょ、ちゃんと伝えるって」

「そうだけどさ……、いざってなると、めちゃくちゃ怖い。あー情けねえ」

「颯真なら、大丈夫。うちらがついてるし」

 私がこぶしを握って向けると、颯真も同じようにこぶしをこつん、とつけた。


「うわ、おしずのそれ友情っぽい。あたしもやる!」

 サナが同じように颯真とこぶしを合わせる。少しずつだけど、颯真の緊張がほぐれてきた。サナがいると、その場の空気がぱあっと明るくなるんだよなあ。

「うし、決めた。俺もう弱音吐かない。羽衣とも諦めないって約束したし」


 私たちは颯真の相手を待つために、物陰に隠れる。

 しばらくして、柔らかい土と落ちた葉を踏む音が聞こえてきた。

 わたしの肩に置かれたサナの手が、熱を帯びる。

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