31.☆私の手紙

 隣にいる隼人が私に目線を合わせる。小学生の頃はチビだったのに、気づけば背を追い越されて、声も変わってしまって、なんだかどんどん知らない隼人になっていくみたいだった。

 でも、私が私のままであるように、その根っこにあるのは紛れもなくあの頃からずっと一緒の隼人だ。


「隼人が好き。いつからかは、わかんない……。でも、心の奥深いところに気がついたら隼人がいて、もう離れられないんだ。隼人の全部が好き」

 手紙の内容は、何度も書いから覚えていた。私が隼人に届けたい気持ち、伝えたい想い。手紙を一文一文声にだしているように、伝えたつもりだ。


「ちょ、ちょい待て」

「え?」

 水を差された私は、隼人を見上げる。隼人は戸惑いをあらわにして言った。

「ここ誤解してたらすげー悲しいことになるから、確認していいか。それって、俺の思う好きと一緒……?」

「なに、わかんないよ。ちゃんと言って」


 私は鼻をすすって言った。

 隼人は手を口元にあてて黙ったあと、息を短く吸って私を見た。柔らかい地面みたいな深い茶色の瞳が、私を映していた。


「ただの幼なじみじゃなくて、彼女になってほしいっていう、好き。静葉が好きになる前から、ずっと好きだ。母さんの話をしたときに、黙って手を握ってくれたあのときから」

 このとき、私はどんな顔をしていたかわからない。きっと、とんでもなく、間抜けな顔をしていただろう。


「ええと、つまりこの場合は……」

 私があたふたしていると、逃がさないというように隼人が手を握った。大きくて、ごつごつしている、たくましい手。


「幼なじみは卒業」

「あ、そうだね、うん。それだ……それだ」

 蝉の声がこだまする。思い出したように体じゅうがじわじわ汗ばんでくる。


「でも、その前にあれだな。仲直りの儀式しねえと」

「え、それ今もやるの?」

「当たり前だろ。これからもずっと、二人が喧嘩したらその度にやるんだよ。大人になっても」

「うん……」

 隼人が顔を近づけたので、わたしも渋々おでこをくっつけた。触れたところが熱い。


「ねえ、はずいよ……」

「はい、やるぞ。ゆびきりげんまん……」

 すぐ近くに隼人のまっすぐな眉毛が見える。私はぎゅっと目をつぶった。

「はい、誓え」

「……誓う!」

 小指を離した瞬間、私は隼人にぎゅっと抱きしめられていた。

 隼人の心臓の鼓動を感じながら、胸いっぱいに大好きな人の匂いを吸い込んだ。



『町屋 隼人 様


 まさかこうして隼人に手紙を書いているなんて、あの頃の私からしたら想像もできないことだと思う。

 自分の気持ちを書くって難しいね。

 手紙って書く方も受け取る方も、すごく覚悟が必要なのかな、と思う。

 

 ところで、最近の私はちょいちょい不審な? 言動が多かったと思う。

 それは、ずっと隼人に隠し事をしていたから。ごめん。


 手紙なんて書けないって言いながら、最近はいろんな人の手紙を代筆してた。一緒に中身を考えたり、できた文章を清書したりするのね。

 正直、最初は乗り気じゃなかった。だって、手紙なんてずっと書いてないし、書けないんだよ。なんで私が? って不思議だった。

 隼人からしたら、理解できないかもしれない。なんでわざわざ辛い思いをして、こんなことをしているのか。


 でも、手紙って、想いのぶんだけ形が違って、まるで文字が生きているみたいなんだ。

 手紙を通してその人の深い場所に触るのは、とても大変だった。だけど、そのぶん、得られるものも大きかった。

 普段何気ないことはスマホでぱぱっと伝えちゃうけど、大事なことはこうして手紙にして届けた方が伝わる気がする。

 

 だから、私の大事な気持ちをここに書くね。

 私は、隼人のことが好き!


 ずっと気が付かなかった、いや、気づかないふりをしていた。

 知らない間に私のずっと深いところに隼人がいて、隼人がいないなんて考えられない。それくらい、大好き。

 いつも笑顔にしてくれるところ、時々むかついて喧嘩しちゃうところ、小さい時に心に受けた傷。ぜんぶ、まるごと、隼人が好き。


 好きっていまだによくわからない。みんなみたいに大それた理由とか浮かばない。

 でも、隼人が悲しいときも嬉しいときも、ずっと一緒にいたい。一番隣にいたいって思う。


 きっと小さい頃の隼人は、手紙から一気にその人の気持ちが心の中に流れ込んでくるのが、怖かったんだよね。

 これからは手紙だけじゃなくて、自分の口でも私の思いを伝えていこうと思う。


 これが今のわたしの全部です。恥ずかしいけど!

 もしよかったら、隼人の気持ちも教えてほしいです。

                                青木 静葉』

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