30.「だから、だからっ」

「確かにそうだよ。高校入ってクラス変わって、お互い違う友達できて。確かに前より二人でいる時間って少なくなってる。でも、これまでずっと隼人と過ごした時間って、関係って、そんなことであっけなく終わるようなものじゃないよ。少なくとも、私はその程度の絆じゃないって思う」

 つたないながらも必死に私が気持ちを伝えると、隼人はポケットに手を入れたままうつむいて黙った。


「でも、もし隼人にとって、私が邪魔な存在になるなら……。悲しいけど、それなら仕方ない、けど」

「んなわけねえだろ。それは静葉がどんどん遠くなってくから……。うちのクラスまでお前の名前が届くようになって、いつの間に人気者になったんだよって、なんかイラついてっ……!」

 隼人は噛みつくように声を荒げた。だけど、語尾に近づくにつれ、寂しげな声色に変わっていく。隼人がそんなに疎外感を感じていたことを知って胸が切ない気持ちでいっぱいになった。


 もう、隠しごとはやめよう。私は意を決して言った。

「人気者なんかじゃない。隼人を裏切るみたいで隠してたけど、私、いろんな人から頼まれて手紙を代筆してた。颯真といたのは、彼のおばあちゃんに手紙を書いてほしいって言われて。サナと羽衣ちゃんと四人で考えたんだよ。……すっごく楽しかった」

 手紙を代筆するようになって、たくさんの絆ができた。でも、私は私。

 隼人と一緒に、くだらないことで笑いあってる幼馴染の静葉のままなんだ。

 それを、わかってほしかった。


「だからか……」

 隼人は片手で顔を覆った。頭の中で事実を結び付けて飲み込んでいる。

「そうだよ。別に私と颯真がどうこうっていうのはない。お互い良い友達。今も」


「でも、なんでみんな静葉に頼むんだ? 他人じゃなくて自分で書いたらいいだろ」

 ぶっきらぼうに言い放った隼人は、まだ釈然としない様子だ。

「それは……、ある種のおまじないみたいなもので。でも、人任せじゃなくて、ちゃんとみんな自分で内容を考えてくるの。それを私が預かって、大事に清書する。真剣なやりとりだから」

「そう、なのか」

 サナたちとこれまで熱心に取り組んできたことだから、熱意をもって話せた。


「私だって、手紙書くの最初は結構抵抗あったんだよ。でも、みんなの気持ちに触れたら、手紙っていいなって。自分もきちんと書いてみようって思って……。ちゃんと、自分の気持ちに向き合うには、これしかないって思って、書いた。書いて、きた……」

「え?」

 語尾が小さくなっていく私を見て、隼人が不思議そうに聞き返す。


「隼人に、手紙書いてきたの! だから、だからっ」

 喉の奥で変な音がして、私はそこで涙を流しているのだと分かった。

 いつまでも泣いてちゃだめだ。私は乱暴に腕で涙をぬぐうと続けた。

「だからっ、隼人に渡してもいい? えぐっ、隼人に、私の気持ちっ……。伝えてもっ、うぐ」


「ああ、もうお前はー!」

 見かねた隼人が、私の目元をハンカチでぬぐう。

 ハンカチからは、隼人の家の、おじいちゃんとおばあちゃんが暮らす安心する匂いがした。

 それがかえって私の涙腺に拍車をかける。

「そんなに泣くことないだろ。静葉に泣かれると、どうしていいかわかんねえよ」

「だ、だっでえ……」

「で、どこに入ってんだよ。出してやるから」

「いい、自分で出す」

 私はしゃくりあげながらかばんを開けた。

 取り出したのは、シンプルな白地の封筒。中を開いて取り出そうとして、背筋が凍った。

 中に便箋が、入っていないのだ。


「え、あ、あれ……うそ」

「どうした」

 隼人までもが不安そうにこちらを見ている。

 そこで私は思い出した。朝に最終確認をしようとして、一度封筒から便箋を出したことに。


「ない……」

「出たよ、静葉のドジ」

 隼人はそこでやっと笑った。いつもみたいに、やれやれって感じの笑み。

 その表情を見ていたら、なんだか私は心の底からほっとしてしまった。

 サナや羽衣ちゃん、安藤の顔が浮かぶ。大丈夫。私も、絶対渡せる、自分の気持ち。


 ……安藤?

「あ、安藤……」


 私がおそるおそる声を絞り出すと、隼人は、思い出したように顔を陰らせた。私はそれで、察してしまった。


「安藤の手紙、受け取って読んだ。開ける瞬間、すげえドキドキしたけど。あいつらしいまっすぐな内容でさ。手紙って重荷に感じてたけど、なんつーか、その人の深いところまで知れるんだって思った。俺、ちゃんと読めたわ、手紙」

「……そっか、克服できたんだね、隼人」

 隼人のトラウマを克服したのが安藤だったのが、少し悔しかった。でも、それだけ安藤の手紙は、隼人の気持ちを前に動かしたのだ。


「そういう静葉も、書けたんだろ。すげえじゃん」

「いや私は全然まだまだ……」

 私たちは賽銭箱のある階段に腰を下ろした。


「安藤が、気づかせてくれたんだ。大事なことに」

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