29.「私たちの今後について」

 私が、隼人のどこが好きか。

 わからない。ぼんやりしたあったかい気持ちはわかるけど、これだという明確な理由はつかめない。


 いつも私を気にかけてくれるところ。廊下で転んだときも、最後まで付き添ってくれたし。

 落ち着いていて、面倒見がいいところ。泣いていたサナが泣き止むまで待ってあげていたし。お母さんのこともあって、泣いている人や傷ついている人は放っておけない優しさ。


 あとは……、そうだ。仲直りの儀式も、考えたのは隼人だった。

 隼人といると、喧嘩して怒っても、悲しいことが合って泣いても、最後には笑顔になってる。隼人が、笑顔にしてくれる魔法をかけてくれる。


 ぽつぽつと話すと、羽衣ちゃんは私の手を包んで言った。

「今言ってくれたその気持ちを、書くんだよ。文章の形なんて関係ない。想いをこめたら伝わるから」

「そうだよ。これだけはちゃんと相手に届けたいっていう言葉が絶対あるから!」

 二人の言葉は、優しく私の背中を押した。


「できた……!」

 気持ちが薄れる前に、私は放課後の教室で黙々と手紙を書きあげた。

 ペンだこがじんじん痛くて、手も黒く汚れていたけど、心の中は達成感でいっぱいだった。

 でも、まだ達成感を味わうのは早い。

 

「隼人、面貸して」

 次の日、私は初めて隼人のクラスに足を踏み入れた。

 いつもは隼人から来てくれていたから、見慣れない教室の雰囲気にのまれそうになる。ぐっとこらえて、男子と談笑している隼人に近づいた。

 その時の私は緊張といろんな気持ちでひどい形相だったのだろう。周りの男子がうつむいて、さーっと引いていった。


「なんか用」

 あの日、良くない別れ方をしたから、お互いまだその空気を引きずっている。隼人も、心なしか口がへの字になっているように見えた。

「今日、部活ない日でしょ。放課後空けてよ、絶対」

「なんで知ってんだよ」

 隼人は眉をひそめた。

 実は手紙のツテで、私はこのまえぶつかった空手部の後輩ナオくんと接触することに成功していた。事前に隼人のスケジュールは把握済みだ。

「いいでしょ。とにかく、大事な話があるから」

 それほど大きな声で話したわけではないのに、気がつくと教室は静まり返っていた。誰もが、私と隼人のやり取りの行く末を遠巻きに見ている。


「……わかった」

 隼人は居心地が悪そうに言った。

「じゃあ、いつものとこで」


 廊下へ出る。ふう、と息をはくと、足が震えていた。

 もう、後戻りはできない。


 放課後、神社のポストの前で最後にお願いをする。もちろん、お賽銭箱にも、なけなしのお小遣いを入れてきた。


 心臓が気持ち悪い音を立てている。

 しばらく待っていると、階段を上ってくる隼人の姿が見えた。

 ああ、どうしよう。ここまで来てしまった。


「おう」

 良き一つ切らさずに上がってきた隼人は、ぶっきらぼうに言った。

「お、おう」

 私のかばんには、手紙が入っている。ここに来るまでに、何度も、確認した。いつかみたいに、なくしたりしない。


「で、何よ話って。つーか、あんな感じでクラスに来られると困るんだけど。めちゃくちゃ目立ってたぞ」

「ご、ごめん」

 最初は強気に出たつもりが、すぐに引っ込んでしまった。

 だめだ、私はこうやって相手のペースにのまれてしまう。


「今日呼び出したのは、私たちの今後について……」

「はあ」隼人はめんどくさそうに頭をかいている。

「この前、いつまでもこんな関係でいちゃだめだって隼人は言ってたけど、私はいやだ」

 スカートのすそをにぎりしめる。手に汗がにじんだ。

「環境が変われば、お互い嫌でも変わっていくもんだろ」

 隼人の声色は、いつもよりも固くて、冷たい。

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