28.「やっぱり手紙ってなくちゃだめなんだ」
「サナ、羽衣ちゃん」
私は二人の顔を順に見た。二人とも、私を受け入れてくれる柔らかい表情でこちらを見ている。
「あの、二人にとっては意味わかんないと思うんだけど、私、本当に手紙書けないの。他のひとの手紙は書けるのに、自分のことになると急に手が止まっちゃって」
「うん」
羽衣ちゃんが手を握ってくれた。すべすべしていて、しっとりする手。安心する。
「小学校のとき、無理やり嘘の手紙を書いて、すごく嫌になっちゃったのね。それがきっかけで隼人と仲良くなったんだけど、私たちって二人とも手紙にあんまり良い記憶が残ってないの」
「なんか妙な運命の引き合わせだね」サナが言った。
「そう、なんか変だよね。今までは手紙なんてなくても困らないって思ってた。でも、みんなの手紙を代わりに書くようになって、いろんな想いがあって、やっぱり手紙ってなくちゃだめなんだ、って。
手紙だから伝えられることがあって、だからこそ目に見えない心を手紙っていう形に残すって、自分の気持ちと向き合う大事な行為なんだって……」
勢いのまま話していたら考えがまとまらなくて、くちびるを噛んだ。
それでも二人は、私が言葉を紡ぎ出すのを黙って待っていてくれた。
「だから、隼人に手紙書きたい。二人のトラウマみたいなものを乗り越えるなら、今しかないと思う」
「よく言った、おしず」
「静葉ちゃん、応援するよ」
サナが手のひらを下に向けて差し出したので、羽衣ちゃんは迷わずその上に華奢な手を乗せた。最後に私が、二人の上に手を乗せる。
「じゃ、やっと動き出したおしずの健闘を祈って、せーの」
「おー!」
夏休みは、すぐそこまで迫っていた。
二人は快く協力を申し出てくれたけど、私はできるだけ自分の力で書きあげたいと思っていた。
隼人に手紙を渡すという宣言から、安藤はいつも通りクラスの中心で仲間と笑いあっている。その笑顔の裏に秘めた気持ちは、私しか知らない。
私は、一度手紙を書くことを放棄した。安藤は、私に頼らずにいくと決めた。
だから、私もライバルとして、正々堂々闘うべきだと思ったのだ。
サナの代筆の申し出は嬉しかったけど、私だけのうのうと他の人に願掛けするなんてずるいと思った。
丁重に断ると、サナは私を小突いたあと、笑って許してくれた。
私は夜な夜な文章を考えては消し、ぐちゃぐちゃに丸めた紙の山ができていった。
手紙ってどうやって書くんだっけ。
なかなか上手にまとまらない。
煮詰まると、神社のポストまで行って、封印した私の手紙の前で決意を新たにした。
「サナと羽衣ちゃんは、どうやって文章を考えたの?」
休み時間、お弁当を囲みながら二人に聞いた。
もう本当に、お手上げに近い状態だったのだ。部屋のゴミ箱は紙くずだらけ。
「え~? 直感で、思ったことをばばーって」
「わたしもその時のパッションかなあ」
「パッション……」
私は半ば絶望した。大体想像はついていたが。直感第一のサナと情熱を秘めた羽衣ちゃんのことだから、どんどん言葉が湧き上がってくるのだろう。
「おしず、あんたは頭いいから考えこんじゃうのかもね。でも、手紙は頭じゃなくて、ここで書くのさ」
サナはウインクして、親指で胸をとん、と叩いた。
「わ~サナちゃんかっこいい~」羽衣ちゃんが小さく拍手。
「わあ~」私も便乗。(棒読み)
「おい、生ぬるいぞ、視線が」
私は二人に合わせて笑いながら、小さくため息をもらした。
「私、偉そうに今までみんなの文章を添削しておいて、まじで才能ないかも」
「おいおい弱気になるな、おしず! この前の覚悟はどこいった~」
サナは私の両肩をつかんで揺らした。羽衣ちゃんはそのすきに自分のお弁当をぱくぱく食べている。
「あるよ! あるけど私の脳みそが限界なの」
「あ、それなら習字にすれば? でっかく愛、とか書いて」
「ね~真面目に~!」
羽衣ちゃんは水筒のお茶を静かに飲み干すと、静かに置いた。
「静葉ちゃんは、本当に町屋くんのことが好きなんだよね」
いつもはニコニコしている羽衣ちゃんの射抜くような視線に、私は背筋がすうと冷たくなった。
「う、うん……」
「じゃあ、今ここで話して。どこが好きか」
両手の指を組んで、そう言った。面接官並みの圧を感じる。
「あ、それ私も聞きたい」サナも乗り気だ。
私は目をつぶって、頭の中に隼人の顔を思い浮かべた。
隼人の、好きなところ……。
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