27.「だって記念すべきラブレター第一号だしね」
「静葉、今ちょっといい」
「サナ……」
もう一人で食べる昼ご飯も慣れてきた頃だった。
サナが口を真横に引き結んで立っていた。
ずっと同じ教室にいたはずなのに、面と向かってサナの顔を見たのはすごく久しぶりだった。それだけで、こんな状況なのに、ほろ苦い懐かしさみたいなものが胸に広がる。
私は無言でうなずくと、サナの後ろへ続いた。
「有馬くんと、別れた」
「そ、うなんだ……」
安藤のことかと思いきや、突然のショックなニュースに、私はどう反応していいかわからなかった。
颯真の件からしばらく使っていない空き教室はほこりっぽい匂いがして、窓を開け放つと熱気をはらむ生ぬるい風が顔をなでた。
「びっくりするほどあっという間だったよね。でも、いいんだ。お互い気持ちよく別れた。有馬くんが、二人の季節が終わったんだ、って」
そこまで言うと、サナはちょっぴり鼻をすすった。
私はサナの顔を見ないようにして、日焼けしたクリーム色のカーテンをまとめる。
「でも、めっちゃお似合いだと思ってたよ」
「あはは、ありがと。だって記念すべきラブレター第一号だしね」
サナはすっきりとした笑みを浮かべた。
「私、安藤の手紙書けなかった。ドタキャンしちゃった」
気が付いたら、自分でもびっくりするくらい、すらすら言葉が出ていた。
昨日までサナといつもみたいに話していたように。
この瞬間、私とサナの間のほころびは綺麗に縫われたのだ、と思った。
今度はサナがびっくりする番だった。目を見開いてこちらを見ている。
「今更だけど隼人が好き。いうて、いまだに好きってなに?って感じだけど。でも、安藤に手紙を頼まれて書けなかったとき、やっと気が付いたんだよね」
「おしずは……、ずっと気づいてたけど、気づきたくないふりをしてるように見えたよ」
「まあ、そうかも」
ほんとバカだよね、笑うと、サナはとたんに真顔になってうつむいた。
「安藤結華のことだけど……、この前はちょっと言い過ぎた。確かに私、直接嫌がらせとかされたわけじゃないのに、勝手にいろいろ悪いこと言っちゃった。勢いで」
サナは椅子の上に体育座りをすると、体を前後に揺らす。
「……ううん。私も、サナの中学のときのこと知らなくて責めちゃったし」
「正直嫉妬だったのかも。だってなんでも持ってるのに、どうしてこれ以上欲しがるの? もうじゅーぶんじゃんって思ってたから。それにあたし、隼人静葉の強火担だし」
「は、つよび?」
サナはくちびるをとがらせてそっぽを向いた。
「だから、めっちゃ二人が好きってこと! なんか、夫婦って似てくるっていうじゃん。なんかあんたたちって、うまく言えないけど、言葉がなくても通じ合える、みたいな空気流れてるよ」
「あ、ありがと……」
優しい沈黙が二人の間に座っていた。
「あたし、書いたげよっか、手紙」
「……え?」
サナをおそるおそる見る。くりっとした二つの目が真っすぐに私を見つめていた。
「だから、お返し。今度はあたしが、おしずの手紙を代筆するの。いくら通じ合ってるとはいえ、大事なことはちゃんと言葉にしないと伝わらないよ? まあ、失恋後だからゲン担ぎにならないけど! ね、どうよ」
「え、え~……」
「ねえ、そこは素直に喜ぶところでしょ! なにその、微妙な顔! 失礼にも程がある~!」
私の反応は予想外だったのだろう、サナはきゃんきゃん声を上げた。あ、小型犬。
私はというと、内心めちゃくちゃ悩んでいた。
「だって私、みんなみたいに上手く文章にできないよ。それに安藤と隼人、付き合うかもだし」
サナはこの世の終わりみたいな大きいため息をついてみせた。
「おしずのビビり。意気地なし。うちらだっていけると思って手紙書いたわけじゃないよ。私なんか釣り合わないから玉砕覚悟だったし」
サナにほほを指先でつつかれる。私は抵抗した。
「わ、わかってるよ! でも今更幼なじみのいつもの空気感から、告白みたいな真面目ムードに持っていけないって! はずいじゃん! 無理!」
「はあ、この期に及んでそんなこと言ってんの」
「……ねえ、もういい?」
そのとき、物陰からか細い声が聞こえた。
「ぎゃっ! え、羽衣ちゃん」
羽衣ちゃんが申し訳なさそうに笑っている。
「あー! ごめん羽衣ちゃん! なんか熱くなっちゃって完全に忘れてた」
「サナちゃん~」
羽衣ちゃんはほほをふくらませてサナの前に仁王立ちしている。
やっと、三人がそろった。
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