6.「大人の告白じゃん」
サナは毎日クリスマスプレゼントを待つ子どものようにそわそわしていた。
でも返事は次の週になっても来なくて、もうダメかも、と肩を落としていた。
私も、一緒に手紙を書きあげただけに、むなしくて悲しい気持ちになりかけていた、けれど。
「ねえねえねえねえ、やばいやばいやばい集合」
さらに翌週、朝に私を見つけるなり、サナに腕をつかまれてトイレに引きずり込まれた。
「え、もしかして」
「来た!」
眉毛が八の字になってて、口があんぐり開いている顔は、新しい『ムンクの叫び』みたいな感じだ。
「え、どっち」
「生理じゃねーよ、手紙だよ!」
サナが私の背中をたたく。
「だってトイレに連れ込むから」
「聞け! ついに、有馬くんから! 返事の手紙が、来たー!」
「ひゃー!」
私たちは抱き合った。狭くて古い女子トイレに、きらきら星が降ってくるように思えた。
有馬くんは「遅くなって、本当にごめん」と言って、サナに紺色の封筒に入った手紙を渡した。
よっぽど分厚い紙なのか、それとも何枚もあるのか、封筒が少しだけふくらんで見える。
「見るの怖いから、放課後読むところ見守っててもらっていい? わあ~どうしよう終わった」
「終わってないって」
サナは涙目だ。嬉しいのと、怖いのと、いろんな味がしそう。
私はもし告白を断ったとして、あの厚さになるわけがないと思っていたので、うきうきしていた。
「ごめん、やっぱりおしずが開いて。ダメそうか判断して」
「だめ。サナに向けて書いたんだから、私は絶対に見ない」
サナに手紙を渡されたけど私は断固として拒否した。
本来、手紙って、閉ざされてあるべきだと思う。一対一のやりとりで、そこに誰かがのぞき見なんてしちゃだめなのだ。本人の許可を得て、代筆をする場合をのぞいて。
有馬くんだって、これが見ず知らずの私にも開示されると思って書いてはいないだろう。
そう言うと、サナは「う~」と、また『泣』の顔文字。
「片方の手、握っててあげるから」
「ひーん、ありがたい~」
サナの手はちっちゃくて、ふくふくしていて、小さなこどものほっぺみたいに柔らかかった。私の手は大きくて宇宙人みたいに指が長くて骨ばっている。
このかわいらしい手を、有馬くんが握ってくれますように。
サナはどの授業でも見たことがないくらい、真剣な表情で手紙を読んでいた。
途中からぽろぽろと泣き始めたので私はあわててハンカチでふいてあげる。
「大丈夫?」
「うん……、しゅき……」
あ、これは良い方の涙っぽい。
鼻水をいきおいよくかむと、サナは勢いよく立ち上がった。
「ごめん、ありがと、おしず。あたし、ちょっくら行ってくるわ」
「どこに」
「マイ・スイート・ダーリンの元へ」
「行ってら」
サナは手鏡で前髪を整えると、有馬くんの元へ走っていった。
こげ茶色のポニーテールの後ろ姿が跳ねているみたい。
私は大仕事を終えた達成感に満ち溢れていた。
なんか、今すぐ誰かに教えて、喜びを分かち合いたい。
その時浮かんだのは隼人だったけど、すぐに打ち消した。
隼人は、だめだ。
特に、手紙の話は。
ちなみに後から話してくれたけど、有馬くんがサナに書いたラブレターは、念願の小説だった。しかもサナが主人公の!
有馬くんは時間がかかってごめんと言っていたけれど、二週間でお話を作れてしまうなんて、私には想像できないことだったから、やっぱり彼ってすごいんだな、と感心した。
主人公のサナがいろんな星を冒険する話で、最後に『もしあなたが良ければ、一緒にいろんな世界を見ていきたいです』と書かれていたらしい。
サナらしい手紙に、有馬くんが精いっぱい自分らしさを詰めたお返事だったのだ。
「大人の告白じゃん」
「それな、まじで尊敬するわうちの旦那」
ご婦人は自慢げだ。
私は大事な親友の笑顔を見て、心からほっとしていた。
問題はその後だった。
あまりにもサナが騒ぎ立てたからかラブレターの話が広まって、なぜか後に一大ブームとなったのだ。
あれだけ最初は秘密にしていたのに、恋が成就するとよっぽど嬉しかったのか、ことあるごとに手紙の話をしたがった。それが原因のひとつ。
もうひとつは、そう、彼女との出会いだった。
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