10.☆羽衣ちゃんの手紙

 ちなみに羽衣ちゃんは、意外にも激しい情熱を秘めていた。

 彼女が用意した便箋はレッドカーペットを思わせる真紅。王道のラブレターだ。


 そして羽衣ちゃんが用意した文章を読んだとき、人が違えばこれほど個性が出るのが手紙なんだな、と妙に納得してしまった。


 羽衣ちゃんの手紙はこんな出だしで始まる。


『あなたの綺麗な長い髪が好きです。一緒に楽譜を読んでいるとき、先輩の髪が緩やかにウェーブを描いて楽譜に垂れます。このとき私は楽譜になりたいと思います。楽譜だけじゃなくて、力強く指が走っていくキーや、熱い息が吹き込まれるマウスピースになりたいです。』


「ラブレターって書いたことなくて……、こんな感じですか?」

 当の本人は、頬を染めてもじもじしている。本当にこの文章を書いたとは思えない。

 今回は、人の手紙にあれこれ口を出さないと決めていた。

 でも、このままでは羽衣ちゃんの情熱があふれすぎて手紙を開けた瞬間にやけどしてしまう恐れがある。


「ごめん、余計なお世話かもしれないけど、一緒に文章を考えちゃだめかな。羽衣ちゃんの気持ちが伝わるように手助けする」

「もしかして、ダメでした?」

 羽衣ちゃんが泣きそうな顔ですがる。


「いや、全然そんなことない。そんなことないんだけど……、ちなみにこの手紙っていつ頃書いた?」

 私が聞くと、羽衣ちゃんは細くて白い指をあごにあてて、

「昨日の、夜中です。なんだか気持ちが止まらなくて……」とはにかんだ。


 やっぱり、と思った。サナの時も、「深夜にテンション上がって書きまくった!」と言っていた。

 きっと、夜の底には、手紙に魔法をかける何かが潜んでいる。そして、そんな魔法にかけられた手紙は、なんかとんでもない魔力を持っているのだ。


 決してそれが悪いわけではないけど、あまりにも強すぎて酔ってしまいそうになる。

 だから、それをうまい塩梅に収めることが必要だと思った。

 これは、手紙のタブーかもしれない。でも、できるならうまくいく風に手紙をそっと乗せてあげたい。私のエゴかもしれないけど。


 それから、なるべく羽衣ちゃんの先輩へ向ける情熱は残しつつ、真っすぐな気持ちをぶつけるような内容にした。

 羽衣ちゃんは文字の世界ではかなり饒舌だ。



『私の尊敬する先輩


 初めてマウスピースをサックス本体につなげたとき、体に電流が走ったようでした。サックスを選んだのは、部活紹介で先輩が全校の前で堂々とソロパートを吹いていた姿が印象的だったからです。


 私は人前に出たり、話すことが苦手で、克服するにはこれだ! と強く思った記憶があります。

 先輩にあこがれて、入部しました。


 時に優しく、時に力強い指使いが好きです。先輩が吹くサックスはまるで歌っているみたいで、あんな風に自在に鳴らしてもらえたら、楽器も嬉しいだろうなと思います。 


 だから、ずっと完璧だと思っていた先輩が昔コンクールで大失敗したことがあるというお話を聞いたとき、驚いたけれど、それよりもさらに先輩のことが好きになりました。


 誰だって最初は上手くいかない。先輩も血がにじむ思いで努力してステージに立っていたんですね。

 私も、ゆくゆくは先輩のように後輩を引っ張っていけるかっこいい上級生になりたいです。いえ、なります!


 もし、先輩が認めるような上級生になったら、頭をなでて「よく頑張ったね」とほめていただけませんか?

 そしたら、私は世界でいちばん幸せ者だ! と思えます。


 長くなりましたが、私の先輩への想いはもっとたくさんあります。まいにち、練習を一緒にするたびに、その想いはふくらんでいきます。


 先輩、大好きです。私はおくびょうで恥ずかしがりやだから、今までちゃんと伝えられなかったけど、面と向かって堂々と言えるように、もっと頑張ります。だから、見ていてくださいね。


                                 吉沢羽衣』

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