18.「え、円陣?」

「よし、これでいこう」

 颯真が大きくうなずく。


 やっと、文案が決まったのだ。

 私たちは顔を見合わせて笑った。達成感にあふれた、爽やかな気持ちだった。


「オッケー、んじゃ書いてくるね」

 みんなで考えた文案が入ったファイルを、颯真から受け取る。

「おしず、頼んだ」

「静葉ちゃんが書いてくれたら、きっと大丈夫!」

 後は私が託された気持ちを、便箋に綴っていくだけ。これまで以上に気持ちが引き締まった。


「よし、じゃあ円陣組もう」

 言い出したのは颯真だった。

「え、円陣?」

 羽衣ちゃんが一歩下がる。

 サナは羽衣ちゃんの腕をつかんで引き戻した。私も、颯真に誘導されて、おそるおそるがっしりした肩に腕を回す。

 身長が高すぎて、ちょっと背伸びをしなくてはいけなかった。私より小さいサナなんか引っ張られそうになっている。

(隼人がみっちり筋肉がつまっている感じだとしたら、颯真はほどよくほっそりしていて、女子が好きそうなスタイル。ばかばか、今更何考えてるんだ)


「みんな集まって。静葉、サナ、羽衣。ここまでたくさん力を貸してくれてありがとう。あとは静葉プロに託すだけだ。絶対うまくいく、せーの」

「おー!」

 久しぶりに大声を出したら、すっきりした。

 私は誇らしい気持ちで、みんなと別れた。

 そこまでは良かった。


 寮について、さあ手紙を書こうと机に向かおうとした時だった。

 かばんを漁って、何かが足りないことに気が付く。

 文案がない。

 颯真の青いファイルに入れた、手紙の文案だ。

 みんなであれこれ意見を出し合ってまとめた、大事なもの。

 確かにみんなからファイルは託されたはず。


 念のため、グループチャットを開くけど、怖くなって、さりげなくサナにメッセージを送る。

『手紙の文ってさ、青いファイルだよね?』

 すぐに返事がくる。

『そだよ! 帰るとき渡したはずっ』

 間違いない。私はみんなからファイルを受け取って、かばんに入れた。

 学校から寮までは寄り道せずに真っすぐ帰ったし、部屋に戻るまでかばんの口は閉まっていた。


 記憶をたどっていて、あ! と声が出た。

 そうだ、玄関でサナがコケて、絆創膏をあげた時だ。

 ポーチのキーホルダーがひっかかって出せなくて、一回かばんの中身を整理した気がする。

 その時に、もしかしたら一度ファイルをどこかに置いて、戻し忘れたのかも。


 私ってやっぱバカだ!

 幸い、帰宅部の私が家に着くのは早く、今急いで戻ってもまだ部活動の時間だ。学校には入れる。

 とにかく走った。

 雨が降っていたけど、傘をさしている暇なんかなかった。

 一刻も早く回収しないと。いたずらなんかされたら最悪だ。


 学校の玄関について、すぐに思い当たる場所を探した。

 でも、ない。どこにも。

 心臓が飛び出してきそうだった。

 妙に勘の鋭いサナから『どした、大丈夫?』とメッセージがきていた。


 私は濡れた髪を結ぶと、職員室へ直行した。

「すみません、落とし物届いてませんかっ」

 私があまりにもひどい有様だったのか、まばらに残った先生たちが一斉に振り向く。

「どうしたの」

 若い女性の先生が真っ先にタオルを持ってきてくれた。

「あのっ、青いファイルでっ」

「よっぽど大事なものが入ってるの? 提出課題?」

「ちが、違うんですっ」

 走ってきたのと、心臓がやばいので、おかしな息が出る。

「落とし物は特に来ていないけど、もし紛失したなら……」

「あ、ないなら大丈夫ですっ! ありがとうございましたっ」

 私はタオルを返すと、くるっとターンして部屋を出た。


 えーどこどこどこ、どこ行ったのファイル~。

 サナに昔言われた言葉がよみがえる。『おしずって真面目な顔してドジることあるよね~』

 まさにその通りで悲しくなる。


 今なら、颯真が部活にいるかもしれない。でも、迷惑をかけたくなかったし、なにより円陣まで組んだあとに不安な気持ちにさせたくなかった。

 

 校内のあちこちをくまなく探した。

 汗で前髪が張り付いて、邪魔になる。

 もう一度髪をほどくと、強く結びなおした。


 玄関になければ、最後にみんなと別れた空き教室しかない。

 汗を乱暴にぬぐって、私はまた走った。

 廊下の角を曲がれば空き教室がある。あともう少し、自分を奮い立たせてコーナーを曲がった瞬間、激しい衝撃を感じて私は尻もちをついた。

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