17.「だって四人もいるんだよ」
週末はサナがデートで暇だったので、隼人の家に行った。
電車に乗り込んで外の景色を追っていると、徐々に見慣れた風景が広がってきてタイムスリップした気分になる。それだけ、このあたりは懐かしい思い出であふれている。
スマホをのぞくと、親から『たまには帰ってくるように』とメールが入っていた。それを指先でゴミ箱に入れる。
「あのさ~静葉」
「なに」
隼人の家は昔ながらの日本家屋って感じで、縁側に座って庭を眺めるのが私のお気に入りだ。
部屋の中にいてもじめじめして嫌だったので、思い切って障子を開け放って、小雨の庭をぼうっと見ていた。
花菖蒲の青紫の花が、細かい雨の粒を受け止めて凛と咲いている。
「最近女子がやたらお前の名前出して騒いでんだけど、なんかした?」
「えっ」
私は飛び上がった。
完全に油断していた。最近はほかのクラスの依頼も多く、一応これ以上広まらないよう守秘義務をもうけていた。
でも、女子ってすぐに話広まるんだよな。
「もしやモテ期? いやでも静葉が? いや~ないない」
そんな私の焦りなんて露知らず、隼人は口の端を上げて言う。ちら、と八重歯がのぞいていじわるな猫みたい。色黒だから黒猫!
私はなるべくすました顔を意識した。
「は、別に。ちょっと恋愛相談乗っただけ」
「へ~、彼氏いたこともないのに? いっちょまえに?」
隼人が嫌な笑みを浮かべる。完全にバカにしている。
颯真と会うまでは隼人以外の男子となんか話したことなかった。いつも一緒だったから。私に彼氏ができないとすれば隼人のせいだ。
「は~? いるけど」
「え? マジ」
隼人が鳩に豆鉄砲を食らったような顔で固まる。そりゃそうだ。だってこれはむきになった私が咄嗟についた嘘だから。
「まじ、だし……」
私は引っ込みがつかなくなって強気に出るけど、語尾が小さくなっていく。
「じゃあ浮気じゃん。だめだ今すぐ帰れ、そいつに悪い」
今度は私が焦る。絶対冗談で流されると思ったのに、隼人は本気だ。
「いや、冗談」
「だめだめ。ほれ、じーちゃんの傘貸すから。送ってやりたいけど目撃されたら週刊誌行きだし。じゃな、気をつけろよ」
こうしてさっさと隼人の家から追い出されてしまった。
なんてことだ。私がくだらない嘘をついたばっかりに、取り返しのつかないことになった。
覆水盆に返らず。ちょうど国語で習った言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。
「おしず、具合悪いの?」
「静葉ちゃん、元気ないよ」
いつもいる二人が私の変化に気が付かないわけがなく、翌日すぐにバレた。
「そーまの手紙、思いのほか重大案件だもんね~」
「颯真くん部活忙しいからあんまり時間とれないっていうのもあるしね」
二人は手紙のことだと思っているようだったので、私は黙秘権を行使することにした。
颯真の手紙は便箋も用意してあって、いつでも書き始める準備はできていた。ただ、問題は私たちが誰もフミさんを知らないことだった。
今までは想い出のエピソードや、好きな理由を好きなだけ並べることができたけど、二人の間に何があったのか、知る由もない。
「そもそも男か女かもわからないしね」ペン回しをするサナ。
「人間じゃないかもしれないよね、大事にしていたペットとか、神様とか」と神妙な顔で羽衣ちゃん。
「この世にいるのかいないのかでも、変わってきそう」
私が言うと、みんな同意した。
「やっぱり難しいかな。そもそも、喜んでくれるかもわからないし……」
いつもは前向きな颯真がしゅんとしている。
「そんなことない。とりあえず、何パターンか書いてみて、一番しっくりきたものにしよう」
これまで受けた依頼の経験を思い出しながら提案してみると、羽衣ちゃんが右手をあげた。
「わたしは静葉ちゃんに一票」
「だね、あたしも」
続けてサナも。
「うん、俺が弱気になってたらダメだな。ありがとう」
颯真の目に光が灯った。私たちもお互いを見合わせて、にこっと笑う。
「だって四人もいるんだよ。任せとき~!」
雨の音は感覚が研ぎ澄まされて好きだ。
柔らかな雨と一緒に、言葉の粒が次々と私たちに優しく降り注ぐよう。
みんなで考えた案を、休み時間に集まって話し合ったり、時には授業中に手紙を回して読みあったりした。
みんなが一つの目標に向かっていくのは、文化祭とか体育祭みたいで楽しかった。
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