16.「秘めた愛、だね……」
さっそく別の日の休み時間、私たちは空き教室で椅子を持ち寄り中野颯真の話を聞いた。
いつもであれば基本的に依頼主と私が一対一で手紙をつくっていくけれど、今回は特例ということで、サナと羽衣ちゃんも同席している。
「ばあちゃん、最近体調悪くて、ほとんど施設で寝たきりなんだ」
「そうなんだ……」
神妙な面持ちの彼につられて黙ってしまった私と羽衣ちゃんのかわりに、サナがなるべく明るい声色で問いかける。
「じゃあ中野くんは、そんなおばあちゃんを元気づけたいって感じ?」
「うん……、まあ、それもあるけど」
私たちは次の言葉を黙って待った。
「……昔好きだった人に、未練があるっぽいんだよな」
そう言うと、彼は膝の上でこぶしを握り締めた。
「なんでわかるの?」
羽衣ちゃんが問いかける。なかなか鋭い。
「この前お見舞いに行った時、珍しく起きてたんだ。俺の名前はとっくに忘れてたけど。その代わりにフミさん、フミさんって呼んでて……。でも、じいちゃんの名前って、どこにもフミって言葉はないんだよ。もちろん、家族とかヘルパーさんでもない。でも、ばあちゃんは笑いながら、手を伸ばしてたんだ」
「うん……」
私もその場にいたみたいに、胸が切なくなった。もし、隼人のおばあちゃんやおじいちゃんが、私たちを忘れてしまったら。遠くない未来を考えてしまった。
「それで、咄嗟に俺、手を握ったんだよ。そうして欲しそうに見えて」
「さすがモテる男は違う」
すがさずサナがつぶやく。
中野颯真は手を振りながらはにかんだ。全く嫌味のないからっとした笑みだ。
「いや、そんなことないって。んで、その時にばあちゃん、笑って、『愛してます』って言って、また寝ちゃったんだ……」
「ええ~……」と驚いて思わず口をぽかんと開けてしまう私。
「ワ~オ」と全く緊張感のないサナ。もう少し真面目に聞け。
「なんていうか、秘めた愛、だね……」と感動している羽衣ちゃん。
「大好きとかならまだしも、『愛してる』ってさ、よっぽどじゃないと言わないよな。しかも、ばあちゃんの時代だったら、今よりも結婚とかにいろいろ縛りもあったのかなって思うし」
「そうだよね。お見合いとか、ありそう」
サナが相づちを打った。
なんと声をかけたらよいかわからず沈黙した私に代わって、羽衣ちゃんが問いかける。
「ちなみにご家族、とかには……、聞けないよね」
依頼主から話を聞きだすという点では、私はかなり頼りないな、と情けない気持ちになった。それだけ、二人が頼もしいということだけど。
「うん。その時は俺だけ部屋にいたから、帰ったあと、聞いちゃいけないことだったかもしれないと思って、うわーってなった。ただでさえ、家族内でばあちゃんの事で色々もめてるみたいなんだよ。だからずっと言えなくて苦しくて。でも、あの時のばあちゃん幸せそうだったから、どうにかしてあげたいと思ってさ」
「中野くんってめっちゃおばあちゃん想いだね」
サナの言葉に、中野颯真は自嘲気味に笑った。
「全然だよ。中学の時とかはいちいち話かけんなってキレたことあるし。でも、そのあと認知症が一気に進んじゃって、俺のせいかもって思ったら、あー何してんだろって、情けなくなったんだ」
私たちは、みな言葉をのみこんで彼を黙ってみていた。それぞれに、思うことがあった。
中野颯真がごく自然にみんなの名前を下で呼んだので、私たちも颯真と呼ぶことにした。サナも羽衣ちゃんも相手がいるくせに、いまだに照れが入っている。女子め。
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