34.「これからもよろしくお願いします」
手紙の代筆という一大ブームは、夏休みが終わるころには大分落ち着いた。
なんだかあっという間で、本当に夢だったんじゃないかと思う楽しさだったけれど。とはいえ、人生は映画なんかじゃないので、エンドロールが流れてはい終わり。というわけにはいかない。
私たちの生活は続いていくのだ。知らない気持ちと出会ったり、傷ついたり笑ったりしながら。
有馬くんと恋愛関係を解消したサナだったけど、それなりに良好な関係を築いているらしい。サナの斬新な発想は有馬君の書き手意欲を刺激するらしく、二人で合作の小説を作って文芸イベントに出すと言って燃えていた。
彼氏とか、彼女とか、たぶんそういう言葉だけじゃくくれない関係って世の中にたくさんあるんじゃないかと思う。
羽衣ちゃんは相変わらず熱々だ。受験を控えた先輩を全力でサポートする傍ら、新たなパートリーダーとして、毎日奮闘している。一番変わったのは、実は彼女なのかもしれない。
颯真はあれからさらに男前に磨きがかかって、先輩が引退したあとサッカー部の主将を任された。彼を慕う熱い後輩のまなざしを、私はこっそり見つけてしまった。
安藤はというと……夏休みの間に大変身を遂げていた。
いつも綺麗に巻いていた髪を顎下くらいまで切りそろえ、ツンとすました顔で席に座っている様子は、とても鮮烈な記憶として残っている。
私は勇気を出して、安藤を呼び出した。ライバルとして、きちんとけじめをつける必要があると思ったから。
「安藤、私隼人と付き合うことになった。手紙書けなくて本当にごめん」
安藤は長い足を組んで頬杖をつきながら、すました顔で私を見た。
「あ、そう? 私そんなに引きずる女じゃないから、もう気にしてないし。お幸せに」
「ありがとう」
久しぶりに話す安藤はなんだか内側から光を放っていて、ほんもののお姫様のようだった。
私の視線に気が付いたのか、安藤は口の端を上げると、襟足を指ではじいて見せた。つややかな髪の束が光の輪を作っている。
「あ、ちなみにどうこれ? 似合うでしょ。なんか周りもみんなロングだから嫌気さしちゃって。路線変えてみた」
「すごく似合うよ。なんか鋭さが増した、いい意味で」
安藤は片方の眉を上げると、満足げにうなずいた。
「文化祭、ファッションショーに出るから見に来て。二人で」
「うん、絶対行く」
「町屋くんが振ったこと後悔するくらい、とびきり綺麗に磨き上げていくから」
そんなことしなくても、あれから安藤は脱皮したみたいにのびのびと自分を表現していた。
私も、負けちゃいられない。最近伸ばし始めた毛先を指でなでた。
そして、隼人とは……。
実は、夏休み中はお互い部活や夏期講習でなかなか会えなかった。
その中でもとびきり大きな出来事が、隼人のおばあちゃんのことだった。
庭に打ち水をしていたおばあちゃんが倒れたと焦る隼人から電話があったのは、夏休み半ば、暑さの盛りだった。
私は暑さと嫌な予感で、汗まみれになりながら駆け付けると、そこには横になって弱弱しく笑うおばあちゃんの姿があった。
年代ものの扇風機がかすかな音を立てながら首を振っている。
「隼人のおばあちゃん、大丈夫なの?」
「ああ、またこりゃ、ぎっくりやってしまったんだよ。隼人、気が動転してしまったみたいだけど大丈夫さ」
おじいちゃんが、腰に手を当てるジェスチャーをしながら笑った。隼人はその隣でばつが悪そうに口をとがらせて座っている。
「すぐに良くなるといいね……」
「ありがとね、静葉ちゃん」
私はおじいちゃんに代わって、おばあちゃんをうちわで優しくあおいであげた。
「……あのさ、じいちゃん、ばあちゃん。こんな時で悪いんだけど、今言いたいことある。静葉、こっち来て」
隼人が口を開くなりいきなりそんなことを言うので、私は驚きながらも隼人に従った。
畳張りの慣れ親しんだ和室が、どこかよそよそしく感じられた。
隼人が改まって正座をすると、おじいちゃんも私たちに向き合った。おばあちゃんも、枕をずらしてもらって、顔だけこちらに向ける。優しい笑みをたたえて。
「えっと……。これだけはちゃんと伝えておこうと思って。俺と静葉、付き合うことにしたから。これからも、よろしくお願いします」
隼人は事前に準備していたようにすらすらと述べると、深々とお辞儀をした。
「えと……、私も、隼人を一生懸命支えますので、これからもよろしくお願いします!」
私も隼人に並んで、今できる精一杯の丁寧な礼をした。
奥に続く仏壇の、お母さんにも届くように。
以前、隼人に私たちの関係について話してもいいか、と言われていたけれど。まさか今になるとは。
汗が頬を伝う。
その瞬間ちょうどよく扇風機の風が頬をなでるように通り抜けていった。
はっとして顔を上げると、二人はそっくりの笑顔を私たちに向けていた。
私と隼人も、こんな風に年を重ねて、表情や顔つきが似てくるのだろうか。そう思うと心の底からじわっと温かい気持ちがあふれた。
好きって、こういう事なのかもしれない。
実はあの時、もう一人この部屋にいるような気がしてならなかったけど、隼人にはまだ内緒だ。
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