8.「はい、誓え!」
「これさ、やっぱりおしずに渡す」
「なんで?」
帰り道、サナが渡したのは、羽衣ちゃんからもらった定期演奏会のチケット。
「行かないの? 行こうよ一緒に」
「いや、町屋誘いなよ。いい口実だよ」
「また隼人? いいって、あいつ漫画以外に興味ないから。それにサナがもらったのに羽衣ちゃんに失礼な気がする」
「あっそう」とだけ言うと、サナはふくれてしまった。
「ねえ、なんでそこまでして私と隼人をくっつけたいの?」
私は立ち止ってサナに向き合った。なんか最近もやもやして、ここではっきりさせないといけないと思ったのだ。
「だって、おしずにも幸せになってほしいし……」
サナは珍しくもごもごと口の中で言葉を転がす。
「別に彼氏がいるとか付き合うだけが幸せじゃないし、私は今の幼なじみの関係がいいの。だからいいってば、そんなに……」
ああ、まただ。私は言ってしまってから後悔する。
前に『言い方がきっぱりしすぎて責められているように感じる』とサナに言われたことがあった。今の言い方は少し棘があった。
……と、そこで私は目の前の光景にぎょっとして固まった。
サナが、大粒の涙をこぼして、ぎゅっと閉じた口を震わせていたのだ。
「……ごめん」
謝っても遅いってわかってたけど、謝らずにいられなかった。
「わかってるよ、お節介だって。でも好きなんだもん、おしずも町屋も! 他の知らない人とくっつくよりも、早く二人が付き合って安心したいの! だって絶対超お似合いだし~……。ヒグッ。でもこれってあたしの押し付けだよね……いつもこう。ングッ。あたし、いらないことして昔から友達すぐいなくなるんだ。あたしが全部悪いんでゃ~……!」
道のど真ん中で、サナは泣き出してしまった。
私は「めんどくせえ~」というあきれと、「私たちのことそんなに好きだったんだ……」という驚きで頭が混乱して、その場で少しフリーズしてしまった。
ちょっとやんちゃな感じの男子大学生の集団が「お、アオハルじゃん~」とか笑いながら去っていく。
「うわ、どうしたどうした」
その時ちょうど良く現れたのは、まさに隼人本人だった。
なんだか私も泣きたくなったけど、さすがにこらえた。
ぐしゅーっ! 公園にサナが鼻水をかむ音が盛大に鳴り響く。なんだかデジャヴを感じる。
「泣け泣け。なんかよくわからんけど」
「私が悪い……」
さすがに私と隼人が原因とは言えなかった。
「違う悪いのおしずじゃなくて、あたし……」
「あ~はいはい、どっちも悪い! 喧嘩両成敗!」
お互い譲らない私たちの頭を、隼人が軽くチョップした。
サナが謝りながらまた泣き出す。
「わかったわかった、サナありがとう。ごめんね、期待にそえなくて」
「何その突き放すような言い方~! 大体おしずが、好きとかわかんな~いとか言うからさ~! ぐじゅッ」
「え、静葉たち、なんの話でもめたの本当に」
「隼人は知らなくていい」
「はあ?」
「いやだめ、町屋、この際だからさ言うけど……」
「俺が原因なのか?」
隼人は自分を指さして困り顔で笑っている。サナはおもちゃを買ってもらえなかった子どもみたいに、ほほを涙でぬらして仏頂面で隼人を見ている。まずい、この空気は。
「わー! はい、終了、仲直りしよ!」
私は今日一番のビッグスマイルを顔に張り付けて小指を差し出した。
「ゆびきり?」
サナが赤い鼻をすする。
「おー懐かしい。俺ら喧嘩した時やったな」
隼人と私の仲直りはいつもこうだった。おでこをくっつけて、ゆびきりげんまん。
喧嘩したあとだから、最初は相手を至近距離でにらみつけるているのだけど、だんだんその顔が面白くて最後には笑ってしまうのだ。今はさすがにできないけど。
「やるよ、サナ。おでこ出せ」
「え~今ニキビできてるからやだ」
「前髪そのままでいいから、はい」
サナはもう一度鼻をかむと、静かにうなずいておでこをくっつけた。ミルクみたいな甘い匂いがする。
「じゃあ行くよ。ゆびきりげんまん、次やったら倍返し」
「え、まさかのオリジナルなの、笑うんだけど!」
間近でサナのくつくつ笑う息を感じる。
「はい、誓え!」
二人の小指を絡めて振る。このくらいの力じゃあ、簡単に絆はほどけない。
「え?!」
「指切った! はい、終わり!」
「ねえ町屋なにこのオリジナル~、わかんないんだが」
隼人が笑って答える。
「指切った、じゃなくて、はい誓う! って言うんだよ。小学生の時の俺らが考えた謎の仲直り」
「まいっか、へいへい誓いまっす」
「はいだめ、そんな生半可な誓いでは仲直りできません」
「なにい~!」
サナは私と隼人の持ち合わせたポケットティッシュをすべて使いきると、満面の笑みで帰っていった。
『てか隼人、優しいね』
その夜、サナからメッセージが来た。今日のお詫びとともに。
『まあ、隼人は泣いてる子には優しいよ』
ハテナを浮かべているスタンプが届く。
そう、隼人は泣いている子には特に優しいのだ。
『誰かが泣いていたときに差し出せるように、常にハンカチは忍ばせていなさい、っていうおじいちゃんの教えを律儀に守ってる』
『え~! 何それダンディ。超紳士じゃん。隼人のそういう真面目なところ、いいよね』
『うん』
いつもは照れてそっけなく返してしまうけど、これだけは素直にうなずけた。
そう、今私がここにいるのは、隼人の優しさのおかげでもあるから。絶対に忘れない、私たちが出会ったあの日から。
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