25.「もうわかってる、痛いくらい」

 夜、私は深呼吸すると、ペンを持った。

 安藤が用意した手紙は、海の宝石みたいなターコイズブルー。金の縁取りがついていて、舞踏会の招待状のようだ。


『この前宣言したとおり、町屋くんに伝えたいことがあるから、手紙を書きました。宣言して書くって、変だよね。でも、最後まで読んでくれたらとても嬉しい』


 安藤の文章はちょっと偉そうで、だけど不器用で、健気に想う気持ちが伝わってくる。

 一文字一文字書くたびに、安藤の声で文章が動き出す。

 手紙を書くのは今でも嫌いだ。でも、誰かの気持ちをペン先に乗せて届ける、この瞬間が気持ちよくて好きだった。

 自分の中に手紙の持ち主が入り込んでくる感覚、とても大事なことを任されているという高揚感。


 でも、今は違った。

 書くたびに、全身を引きちぎられているようで、痛い、苦しい。


『私、町屋くんのこと、最初は怖かった。話しかけても、あんまりしゃべらないし。でも、町屋くんと話してると言葉をすごく大事にしている人なんだなって思った。誰に対しても、きちんと自分の言葉で話しているなって。私は、自分の弱みを見せないように、着飾る言葉ばかり使っていた気がする』


 安藤の気持ちが、私の指先から体中に広がっていく。

 嫌だ、これ以上、こっちに来ないで。

 安藤が、隼人を想う気持ちが、甘い痛みとなって私の胸をつく。


『ねえ町屋くん、手紙ってすごいんだよ。口には出せなくても、ふだん恥ずかしくて隠している言葉が、すらすら書けちゃうから。

 もしかしたら、直接伝えることから逃げてるってことなのかもしれないけど。でも、どれだけ世の中が便利になっても、手紙はなくしちゃだめだと思う。町屋くんにも、この気持ちが少しでも伝わるといいな』

 

 文字を書くスピードが、だんだん遅くなっていく。

 指先が震えて、思わずペンを落としてしまった。

 しゃくりあげるように呼吸が乱れる。


『こんなこと書いても困らせるってわかってるけど、町屋くんのことが』


 そこで、もう限界だった。


 涙が便箋に落ちる前に後ろを向いて、手でらんぼうにぬぐった。でも、涙は次々とほほを濡らしていく。

 痛い、辛い、どうして。


 どうして、じゃない。もうわかってる、痛いくらい。

 もう、見て見ぬふりなんてできないことくらい、わかってた。

 だってもう、どうしようもないくらい、私も隼人が好きだから。


 サナが好きっていうのは独占欲だと言っていた。

 羽衣ちゃんも、サナも。恋している二人はきらきらしていて、尊くて、いいなって思ってた。

 でも、恋をしている人は誰だって、心の奥底にどろどろした気持ちも隠し持っているんだ。

 気づきたくなかった。心の中の、誰にも見せられない恥ずかしいところ。


 安藤と隼人が、付き合ってほしくない。

 隼人の幼なじみっていう特等席に、座っていたい。友達以上だけど、恋人未満のちょうどいいところに。


 手紙なんて、書きたくなかった。

 このまま、私が手紙を書けなかったら、安藤はどうするだろう。

 きっと彼女のことだから、勇気を振り絞って直接告白するかもしれない。

 二人が恋人同士になったら、今までのように隼人と二人きりで笑ったりふざけたりはできないだろう。


 私はただの卑怯者で、弱虫で、いじわるで、最低。

 私が隼人を幼なじみだからって独占することで、隼人が本当に好きな人と付き合う邪魔をしていたんだ。そんなことに今更気づいた。

 

 私は、

 こんな気持ちで、最後まで書けない。

 安藤の『好き』は、私には書けない。


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