24.「だから、本当にお願い」
なにも考えたくない。
こういう時、サナを頼りたくなる。
でも、あれからお昼は一人で食べている。サナも、決して目を合わせようとしない。
「青木さん。手紙、できそう?」
移動教室の準備をしていると、人が少なくなった隙を見計らって、安藤が話しかけてきた。取り巻きはいない。
「便箋もらったから、今週中には……」
教科書をまとめる私の手を、安藤がそっと握る。ぞっとするほど冷たくて、しっとりしていた。お母さんの手に似ている。
「なにか他に必要なものがあれば言って。すぐに用意する」
「いまんとこ、大丈夫」
「わかった……」
会話は終わったはずなのに、彼女はその場を離れようとしない。
冷たい手が、ゆっくりと離れていく。
「ねえ、もしかして真田と喧嘩した? 私のせい?」
「ううん、私が悪いから、別に。てか、遅れるよ、移動教室」
私はさっさとこの場を離れたかった。もうこれ以上、顔を見ていると泣きたくなる。
「私さ、中学、クラス一緒だったんだ。真田と」
「知ってる」
突き放すように言ったのに、安藤はそのまま続けた。
立ったまま、隣の机に寄りかかって、窓の外を見ている。
ここじゃない、どこかを見ているようだった。
「真田、ああいう性格じゃん。なんかいつも楽しそうで、悩みとかなさそうで」
サナだって、何も考えず朗らかに毎日過ごしているわけではない。口を挟もうとすると、目線で制された。
「その時、読モ始めたばっかで、最初ちょっといい気になってた。でも、周りにはもっとレベル高い子が普通にいっぱいいて、すぐに焦ったんだよね。ただ可愛いだけならたくさんいる、このままじゃやばいって」
あまりにも遅いと思ったのか、取り巻きの一人が呼びに来た。
「ごめん、お腹痛くて。青木さんに保健室に連れてってもらう~」
安藤はぱっと表情を切り替えて笑った。
このまま私を付き合わせる気だ。でも、ここまで話を聞いておいて、私も引き下がるわけにいかなかった。
「……それで?」
「とにかく一番にならなきゃだめだった。特に、教室で真田がなにも知らない顔で笑ってるの見るとムカムカして、許せなかった。私がお菓子をがまんしてる時、あっちは休み時間にお菓子とか食べてて、男子とも気がねなく話してて。みんなサナ、サナって笑ってるんだよ。……悔しかった。
だから、みんなが気になるような話題を必死に探してモデルの裏話とかしたし、男子には高嶺の花よりも親しみやすさを売りにして、とにかくクラスのみんながこっちを見てくれるように頑張ったの」
すごい執念だ。私はひそかに身震いした。
「すごいね、なんか色々と」
「ほんと今思うとかなりダルいことしてんなって思う。でも、別に私真田をいじめたわけじゃないし、みんなが真田じゃなくて私を選んだだけの話。悔しかったらもっと努力したらいいのに」
「サナは、サナのままだからいいの。あなたとは違う。なんで今そんなことをわざわざ私に言うの?」
安藤は横目で私を見ると、自嘲気味に笑った。
「なんでかな、わかんない。この前恥ずかしいとこ見せたから吹っ切れたっていうか。……なんか町屋くんと青木さんって、似てるんだよね。オーラみたいなのが」
「へえ……」
これは褒めているんだろうか。
「私、青木さんが羨ましい。いつも自分を持ってて、ふらふらしてなくて。私は、その場に合わせて一番好かれる自分を演じちゃう。もう悪い癖みたいになってて、そう簡単にやめられない。でも、町屋くんも青木さんも、いつも私は私、みたいなスタンスじゃん。嫌われても怖くない。そういう絶対的な自信がある」
安藤は私に向き合った。色素の薄い瞳が窓から差し込む光で、ガラス玉みたいに透き通っていた。
「自分の気持ちだから、自分の手で書いた方がいいのは、最初からわかってる。でも、なんでだろう。青木さんのブレない感じに頼りたくなるんだよね。シンデレラが魔法をかけてもらうみたいに。だからお願いしたの」
「でも、実際魔法なんてないよ。がっかりしないでね。私だって、普通の女子高生だし」
なんだか安藤がまぶしくて、私はうつむいて言った。
ここまで言われたら、私はもう太刀打ちできない。
「もう、青木さんには全部見せた。私の汚いところも、全部。あの子たちにも、こんなこと言えない。だから、本当にお願い。絶対に、あきらめたくない。彼のこと」
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