22.「わかんないよ、あの子には」
「てか、青木さんって中野颯真と付き合ってるんでしょ? この前町屋くんが、青木さんが手紙渡すところ見たんだって」
安藤結華がいきなりそんなことを言うもんだから、私は素っとん狂な声をあげてしまった。
「うえっ?! 違う違う、あれは頼まれたの!」
隼人のバカ。と思った。でもそれ以上に私がバカだ。私があんな嘘をつくからまだ信じているのだ。
「あ、そうなの? 最近仲いいから、てっきりそうだと思ってた」
だめだ、完全に彼女のペースに飲まれている。私は気を取り直して言った。
「でもそこまで本気なら、私じゃなくて自分の字で書いたほうが絶対伝わると思う。見ず知らずの私なんかに頼るよりも」
きっぱりとそう言い放つと、安藤結華は途端にふるふると長いまつ毛を震わせた。
「……なんでだめなの? 他の子はよくて、私はだめ? 真田がなんて言ってるか知らないけど、私そんなに性格悪そうに見える? なんか悪いことした? あの子に」
「あ、えと……」
安藤結華は大粒の涙をこぼした。
「わかんないよ、あの子には。綺麗でいなきゃ価値がないの。毎日体重計乗って、少しでも増えたら吐いてる。太ったらマネージャーに怒られるし、ネットに書かれるから。ちょっと家の近くに出るだけでもちゃんとメイクして、どこから見られても困らないようにしてるし」
そこで安藤は鼻に手の甲をあてて静かに息を整えた。
私はただ、圧倒されていた。
「ずっと完璧でいないとだめだって思ってた。だけど町屋くんの前だったら、完璧じゃなくても安心できるの。でも、町屋くんって私みたいなタイプに興味なさそうじゃん。
……だから少しでもこっち見てほしいの! 本当はすっごく恥ずかしいよ。でも、とにかく何かにすがりたい、神様お願いって気持ちであなたに頼んだのっ!」
ついに安藤結華は両手で顔を覆ってしまった。
サナとの喧嘩でも思い知ったけど、私はこういう時どうしてよいかわからない。
隼人だったら、きっとこういう時惜しみなく優しさを差し出すだろう。
彼女の文章を改めてじっくり見る。何度も消しゴムで消した跡が残る、癖のある字。安藤結華の生の心の声があふれていた。
「……ごめん。わかったから、顔を上げてよ」
涙に濡れて乱れた安藤結華の顔は、まさに悲劇に出てくる姫みたいで、めまいがするほど美しかった。
ずるい。
とっさに心の隙間から出た言葉はその三文字だった。
「で、ででで、なんだったの安藤結華?」
昼休みに入るなり、サナと羽衣ちゃんに人気のない場所に連行され、事情聴取された。
「なんか……手紙書いてって」
「え~? なにそれ怖いんだけど、罠じゃね」
「誰に書いてって言われたの?」
二人が心配そうにこちらを見ている。
ぐ、っと目の奥が熱くなった。その様子を見て、二人が顔を見合わせる。
「もしかして……町屋、とか」
「まちや?」
事情を知らない羽衣ちゃんにサナが耳打ちする。
羽衣ちゃんも察したようだった。
「え、それって……」
「隼人に、告るって。でも先に言っておくけど、安藤はガチだった。全然、私への当てつけとかではなく」
サナの顔が怖くて見られない。
「おしず、だまされてるって! だって、あんな上から順に選び放題な安藤が、隼人なんて好きになるわけないじゃん。どっから見つけてきたのって感じだし、そもそも。おしずがちょっと人気だからって、きっと悔しかったんだよ。絶対そう」
言葉のひとつひとつが氷のつぶてみたいに痛い。
私を守ってくれてるのはわかるけど、サナからそんなトゲトゲした強い言葉なんて聞きたくなかった。
「安藤、手紙書いてて読ませてくれた。本当に好きなんだって感じだった。……ていうか、サナって今まで安藤になんか嫌なこと、されたりしたの? 確かにちょっと偉そうと思ったけど、そんなに目くじら立てるような子じゃないかもって、話してて思った。悔しいけど」
サナはくちびるをかんで、私をにらむように見上げた。
「……あっそ。せっかく心配してんのに、あっちの肩持つんだ。いいよ、静葉の勝手にしなよ。本当に隼人と付き合って泣いてもしらないから」
私のことをいつものようにあだ名で呼んでくれない。突き放されたんだとわかって、胸が鋭い痛みを受けた。
「サナちゃん……」
羽衣ちゃんは激情を露わにするサナをなだめようとするが、こうなったらサナはもう聞かない。
私も意地になって、一歩も引けない状態にあった。
「頼まれたからには、書く。決めたことだし」
「行こ、羽衣ちゃん」
サナは後ろ髪を引かれる羽衣ちゃんの手を引いて、どこかへ行ってしまった。
私はそのあと、少し涙をこぼした。ぎゅっと目をつぶると、塩からい粒がぽたりと落ちた。
でも、決めたのは自分だ。こうなることも、わかっていた。
だから、泣くのは違う。ただ、頼まれたことを全うしろ、静葉。
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