4.「好きとか、よくわかんない」
約束通り、私たちはレターセットを買いに雑貨屋さんを訪れていた。
サナは直感型なので手紙のデザインもすぐに決まった。きっと私だったらあれこれ悩んでいたことだろう。
サナが選んだのは、彼女らしいオレンジや黄色の小花が散った、それでいてあまりポップすぎない、少し背伸びした柄。
「で、いつ告るのよ、おしず」
「は?」
シールを選んでいた私は、眉をひそめた。
「さすがに町屋もあほじゃないでしょ。クラスも違うし、幼なじみの特権も、カップル製造機の学校行事には勝てないかもよ」
「別にお互いただの腐れ縁だって」
私は持っていたレターセットを棚に戻した。ちょっとだけ、いいかもと思ったけど、別に使わないし。
昨日、サナが手紙を書いたらどうかと言ったのは、間違いなく隼人のことだ。
私たちの親密さを見て、サナは付き合えばいいのにと言う。でも、私にはいまだに付き合うことが良くわからない。
隼人とは、今のままで十分だし。
「まあ、花形のバスケとかサッカー部じゃなかったのが唯一の救いかな。競争率高そうだし。でも空手部ってなんか硬派な感じでかっこいいじゃん。絶対いそう、ひそかに好いてるお・な・ご」
「いいから、もう。それよりも手紙」
「はい、お願いします」
サナは急いでレジへ向かった。
私は結局、何も買わなかった。諦めたレターセットのことが頭をちらついたけど、すぐに忘れた。
私たちはレターセットを買ったその足で近くの図書館へ行き、おしゃべりができるテラススペースを陣取った。
サナのラブレターづくりは、思いのほか時間がかかった。
最初はサナが文章を考えて、それを私が清書するだけだと思っていた。
でも、サナが持ってきた文案はなんとルーズリーフの両面を埋め尽くす量で、そのほとんどが昨日聞いたようなエピソード、つまり、なぜ有馬くんのことが好きなのかというきっかけで構成されていた。
両手いっぱいの花束みたいな文章だったけど、たぶん読み手は持て余してしまう。
いや、有馬くんならもしかしたら微笑ましく最後まで読んでくれるかもしれない。
私は頭を悩ませた。
「やっぱ書きすぎたかな? 第三者の意見も聞きたいから、正直に言って! それにおしず、国語全般得意じゃん」
サナが懇願するように言う。
なるべくサナらしさは無くさずに、でも最後まで読んでくれるような文章を二人であれこれ話し合った。
まず、好きになったきっかけは一番印象に残ったエピソードにまとめることにした。
そして、彼女の希望で「付き合ってください」ではなく、あくまでもサナが想っていることを伝えることにした。気持ちを押し付けたくないからだという。
試しに便箋に下書きしてみたら、二枚くらいにすっきりとまとまった。
「じゃあ、今日家で書いて明日持ってくる」
「わ~なんか恥ずかしくなってきた。やっぱやめ!」
「びびっちゃだめ。ここまでいっぱい考えたから大丈夫だって」
観葉植物のそばにしゃがみこんだサナを引っ張って、図書館を出る。
「好きとか、よくわかんない。正直」
夕日を見ながら二人でぶらぶら歩いていたら、そんな言葉が口から出ていた。
言ってしまってから、からかわれるのでは、と思って撤回しようとすると、サナはいたって真面目に答えた。
「うーん……。好きってさ、結局独占したいみたいなことだと思う。付き合うって、お互いの心を独占していいですか、みたいな宣言だと思うし」
「独占欲かあ……」
「や、わかんないよ。あくまであたしの考え!」
サナが慌ててへにゃっと笑う。その表情の奥底に、どんな気持ちを秘めているのだろう。サナの全部を、私はまだ知らない。
「付き合ったら、何が変わるのかな。友達じゃだめなの?」
「友達じゃエロいことできないじゃん」
そんなふうにサナがさらっと言ってのけるので、私は立ち止った。
「え?」
「は? だってそうじゃん。友達にキスとかできないでしょ」
「いや、まあ、そうだけど」
「じゃ、想像してみてよ。町屋が知らない女とくっついてたら。どう?」
私は半信半疑で想像してみた。
でも、全く想像できない。
そもそも、隼人が私以外の女子と話しているところなんて、サナ以外見たことがない。
「わかんない。てか、隼人がそんなことしてるの、キモくて想像できない」
「ひど!」
とにかく、今は手紙だ。
私はその夜すぐにとりかかった。
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