第二章 手紙にまつわる過去
12.「二人で話したいんだけど」
あっという間に春は終わりを告げ、梅雨が湿った風を引き連れてやってきた。
「ねえ梅雨っていつまで?」
「サナ、毎年それ聞いてんじゃん。知らない、夏までじゃね」
「だから夏までっていつじゃ~」
「今年は例年よりも梅雨入りが早いってニュースで見たよ」
私とサナのくだらない会話に、真面目な羽衣ちゃんが加わる。今ではすっかりイツメンだ。
こげ茶でくせっ毛のサナの前髪は、朝セットしたのにすでにうねり始めている。羽衣ちゃんは綺麗なストレートで、サナは羨ましがりながらみつあみを作っている。
「静葉先生おは~! この前ありがとっ」
肩をたたかれて振り向くと、きりっとした眉毛が特徴のクラスメイトがにこっと笑っている。
「おはよう」
「あ、バイト先の先輩の!」
サナが思い出したように手をたたく。
「そうそう。まあ、彼女いるからって振られちゃったけど。でもおかげですっきりした!」
「そっかあ。でもすっごいかっこいい感じでむしろ私が惚れた」
その子は「やだ~!」と照れ隠しに私をバシバシたたいた。
彼女の手紙はごく短く、非常に簡潔だった。でも、それがかえって潔く後味が良くて、彼女の快活さとか思いやりが感じられる良い手紙になったのだ。
「うわ、おしず。なんか見られてる。移動しよ」
サナが声をひそめて私をつつく。
視線の先には同じクラスメイトの
目が合うと、何事もなかったかのようにそらされて、仲間内で笑いあう。彼女たちの声はクラスの真ん中でとても目立つ。
「わかってたけど目立つとこれだよ。ひい怖い、クラスカースト上位の女は」
表情をゆがませるサナを、羽衣ちゃんが苦笑いでなだめている。
安藤結華はクラスの中でも非常に目立つ存在だ。親が会社を経営していて裕福な家特有の余裕が見える。それに読者モデルをやっているから、どこにいても雑誌の切り抜きみたいに様になるのだ。
背も男子に負けないくらい高いし、足も長い。それなのに顔は小さい。女子は一度でも羨ましいと思ったことがあるような容姿で、本人も自覚してそう。
そしてここまでサナが彼女を嫌がる理由は別にあった。
実は二人とも『ゆいか』なのだ。
サナの本名は、
安藤結華が目を引く大輪の華ならば、サナは野原に咲く小ぶりでかわいらしい花というイメージ。
同じゆいかだけど、あっちの方が名前で呼ばれることが多いから、自分は違う名前で呼ばれたいらしい。
同じ中学校だったサナは、いつも安藤結華におびえるようにして過ごしてきたという。
サナ曰く「目つけられたら何されるかわかんない」らしい。
私は別にサナと羽衣ちゃんさえいてくれれば、目をつけられようが怖くないけど。
サナに連れだっていそいそと廊下へ向かおうとすると、教室の入り口で私を呼ぶ声がした。
「青木静葉さんってここのクラス?」
どこからどうみてもイケメンが私を呼んでいた。ドアに少し寄りかかっている感じが、ドラマのワンシーンみたい。
「はひいっ」
真っ先に声を上げたのはサナだった。
まるでお化け屋敷で驚かされたように私にくっついて耳打ちする。
「ちょちょ、ミスターコン堂々一位のサッカー部次期主将、
「サナめっちゃ詳しいじゃん」
「なんでそんな冷静でいられるのあんた~! 無理なんだけど」
「えっと、静葉ちゃんはこの人です」
わちゃわちゃしているサナをよそに、羽衣ちゃんは手のひらを私に向けて落ち着いた様子で紹介している。
羽衣ちゃんは先輩に似たのか、最近なかなか肝が据わってきた。というか、内側に秘めていた情熱的かつ大胆な感じがにじみ出てきている。
この前、羽衣ちゃんのスマホが偶然見えてしまったのだが、ロック画面は大好きな先輩が羽衣ちゃんのほっぺにキスしているツーショットだった。熱々。
「ごめん、二人で話したいんだけど、昼休み時間ある?」
「……終わりの十分なら」
私は少しだけ悩んで、きっぱりとそう伝えた。
「おいおいそんな偉そうな態度とったら安藤に目つけられてシめられっぞ、おしず~! もっと謙虚に行け!」
私はサナの助言をシカトする。だってうちらの大事な時間を犠牲にしたくないし。
それに私は、彼のまなざしでなんとなく察していた。
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