第23話
もう少しで夏休みに入るという頃。熱い陽射しの中虎太郎はクラスメイトの山田と球場に来ていた。各運動部が何か大きな試合に出る時、行ける者は出来るだけ応援に行かなければならないのが若葉高校のルールだった。つい先日水泳部の応援に行ってきたという山田から誘われ今日は虎太郎も野球部の応援に来てみたのだった。
球場に来たのも野球の試合を見るのも初めてだった虎太郎は少し興奮していた。たくさんの観衆の前で我が高校の野球部の部員たちがマウンドで汗を流しているのだ。そんな姿を見ると全力で応援したくなる。虎太郎は応援団の太鼓やかけ声に合わせて渡されたプラスチックのメガホンを必死で叩いていた。
「打てー!」
「頑張れー!」
試合は0対0のまま九回裏をむかえていた。若葉高校の攻撃。バッターボックスに立ったのは4番バッター。電光掲示板には
「頼む! 南野!」
「南野~!」
メガホンの音が止み皆の視線がピッチャーと南野に集まる。緊張感が球場全体を包み込む。腕を上げ汗をぬぐったピッチャーは何度か頷いたあと集中してから思いきり振りかぶった。
「ボール!」
観客席からどよめきと拍手が沸き起こる。虎太郎も山田も祈るようにして両手でメガホンを握りしめていた。すぐに静寂が戻るとピッチャーは二球目を投げた。
――カキーン
皆が一斉に立ち上がってメガホンを叩いた。ボールはどんどん高く上がりながら進んでいった。センターもライトもただそれを見上げているだけだった。ボールがスタンドに吸い込まれ見えなくなると歓声はさらに大きくなっていた。
虎太郎と山田はまだ観客席に座ったままだった。すぐに出ても人で溢れているからと少し待ってから帰ることにしたのだ。
「山田くんありがとう。楽しかった。やっぱり生で見ると違うよね」
「うん。自分も一緒に戦ってる気がするからドキドキするよね」
「僕初めてだったからめちゃくちゃドキドキしたよ」
「えっ、虎太郎くん球場が初めてなの?」
「うん。初めて」
「お兄さんがいるからきっと観に行ったことあると思っ……あ、ごめん」
「いや、大丈夫だよ。兄ちゃんはずっとバスケやってたからね。そう言われてみれば、僕こんな風に出掛けたりするのあんまりやってこなかった。兄ちゃんとも家族とも」
「そうなの? ほら、兄弟がいるとさ、いろいろな所に遊びに行ったり出来るんだろうなって思ってた。僕ひとりっ子だから」
「山田くんひとりっ子なんだ」
「だからお父さんやお母さんが仕事でいない時はひとりで遊んでた。まあ、そのおかげでひとりで何処でも行けるようになったけどね。ははっ」
「なんかすごいな山田くん」
「すごいことないよ? 誰もいないからひとりでやるしかなかった。兄弟がいる人がいつもうらやましかったな」
「そう、だよね……」
「あ、そろそろ行こうか。だいぶ人少なくなってきたよ」
「うん」
二人は立ち上がり歩き始めた。
「そう言えばあれからどうなの? お兄さんのこと、何かわかった?」
「え、ああ、いや……」
虎太郎は長谷川の言葉を思い出していた。誰に何を聞かれても何も話すなと言われたことを。
「もう調べるのは止めたんだ。部長にも迷惑かけちゃうしね」
「ふーん。でも虎太郎くんはすごいよね。三年生の先輩に手伝ってもらうなんてさ。僕なんて緊張しちゃってたぶん何も話せないよ」
「いや、あの時は僕も必死だったから」
「それでもなんだかうらやましかった。虎太郎くんの人柄なんだろうね。キャラって言うかさ。弟っぽさがあって、ひとりじゃ危なっかしくて放っておけない、みたいな。あ、なんかごめん。さっきから僕変なことばっかり言ってる?」
「はは、大丈夫だってば。山田くんに言われて僕も気づいたよ」
「何?」
「僕ってひとりじゃ何も出来てないって。結局部長に全部任せてやってもらってたし。今までもそうだった。ずっと兄ちゃんの真似ばっかりで兄ちゃんの後を付いていくだけだった」
「でも虎太郎くんはそれをやりたかったんでしょ? お兄さんが好きだったからお兄さんの真似を」
「そうなんだけど、考えてみたら僕は本当にバスケがやりたかったのかなって」
「じゃあこれから自分が何をやりたいのか探してみればいいんじゃない?」
「何をやりたいか?」
「そう」
「山田くんは? 山田くんは何かやりたいことあるの?」
「僕? 僕は……何だろうね。こうやってスポーツ観戦するのが好きだからいっぱい応援に行きたいんだよね。そのために若葉に入ったみたいなものだから」
「へえ、そうだったんだ。好きなことがあるっていいね」
「まあ、楽しいよ。虎太郎くんも早く見つかるといいね」
「うん。そうだね」
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