第30話



「やっぱりメッセージ的なものは何もないよな」

 いつものように長谷川は虎太郎の部屋でパソコンを眺めていた。

「僕もそう思います。何回読んでも兄はいつも通りだったと思います」

「だよな」

「さっきから何を見てるんだ?」

 五分ほど前に駆けつけた城ヶ崎が不思議そうな顔をしていた。

「あ、兄が若葉高校に行ってからは毎日のように兄とはメールで話していたんです。最初は自殺の原因とか何か悩みでもあったのではと思って読み返してたんですけど、殺人事件かもしれないとわかった今は兄がそのノートをどこかに隠したのじゃないかと思って」

 虎太郎が慌てて城ヶ崎に説明していた。

「なるほど。それでやっぱりあれか。怪しいのは校長なのか」

 城ヶ崎の言葉に長谷川が顔を上げた。

「なんだよ。今から説明しようと思ってたのに」

「その猪又っていう先生じゃなかったのなら残るは校長しかいないだろう。どうせ学校のお金に手をつけたとか、そんなとこだろ?」

「さすがです、城ヶ崎さん」

「ばぁか。ちょっと考えればそれくらいわかるだろ虎太郎」

「でもそれがバレたからといって人を殺すか?」

「それはだな、城ヶ崎。お前が言ってただろ? 由緒ある若葉高校のどうのこうのって」

「ああ、由緒ある若葉高校の生徒会の恥じ、か?」

「そうそうそれそれ。校長だぞ。金を着服したのがバレたら恥じだ。名誉も世間体も何もかも失ってしまう。口止め出来なかったら殺しちまうかもな」

「あの校長がか?」

「あ?」

「長谷川も虎太郎くんも校長と話したことないだろう?」

「ない」

「ないです」

「あの歳にしては背も高くてがっちりしている」

「あ、確かずっと柔道をやっていたって。岸谷刑事が言ってました」

「その見た目に反して校長の性格は意外と気が小さいんだぞ。心配性なのか神経質なのか、何度も連絡事項を確認するんだ。何かあったらすぐに謝ってるし」

「マジか」

「とても人を殺すような人には見えないぞ」

「まあほら、ニュースのインタビューでもよく聞くだろ。『まさかあの人が、ぜんぜんそんな風には見えませんでした~』って言うやつ」

「それはだって、犯人の近所に住むオバサンとかだろ? 『いつも挨拶してたんですよ。おとなしそうに見えましたけどね~』って言うやつ」

「そうそう」

「ただ近所に住んでただけとは違うぞ。俺たちは月に何度か校長と話してる」

「人はどんな一面を持っているかわからないぞ。校長がギャンブル好きに見えたか?」

「ギャンブル?」

「ああ」

「いや、まったく」

「だろ? 競馬場では有名人らしいぞ」

「ギャンブルで熱くなるタイプか」

「例えば何百万もすった後に菅谷誠に問い詰められたとする。そんな気の弱い校長が気が気ではない時だったら」

「確かにパニックみたいになって咄嗟に、なんてこともあるかもしれないのか」

「そういうことだ。とにかく校長と話すのはあの出納帳ノートを見つけてからだ」

「証拠を見つけなければということだな」

「兄が亡くなってから、ここにあった荷物は全部実家に送りました。一応両親にも聞いてみましたけどそれらしい物はなかったです。僕も前に何度も見ましたけどそんな物は記憶にないです」

「そうだよな。俺だったらそんな証拠を手元に置いておきたくないもんな。脅されでもした時の保険はどこか別の場所に隠すだろう」

 城ヶ崎は何か考えながらそうぶつぶつ言っていた。

「学校にも隠せないし自宅にも置いておけない。だとするとどこがいいかな……」

「まさか……ホウライ軒、とかですか?」

「ホウライ軒?」

「はい。兄はけっこうホウライ軒に通ってましたしあの店長とも親しかったです。信頼してたみたいですし。ほら、ここです部長」

 虎太郎はパソコンのマウスを掴みメールの文章を探していた。

「ありました。ここ読んでみてください」

 長谷川と城ヶ崎はパソコンに顔を近づけていた。

「ん? 『虎太郎、お前がこっちに来て何か困ったことがあったらホウライ軒の店長を頼れよ』『ホウライ軒の店長?』『その時は俺もまた大学やらバスケやらで忙しいかもしれないからな』『え、僕兄ちゃんと一緒に住むんじゃないの?』『その時になっても虎太郎が兄ちゃんと一緒に住みたいと思ってるかわからないだろ?』『思ってるよ! 僕は兄ちゃんと一緒がいい』『はは。とにかく何かあったらホウライ軒に駆け込め。わかったな?』『わかったけどさ……』」

「あ、もうその辺で」

「うん、確かにこうやって読んでみると伊吹さんは突然ホウライ軒に頼れって言ってるな」

「でも、何度か店長とは話したことあるのですが、特に何も」

「何か預かってるとかではないってことか」

「人に預けることはしないだろう。誰も巻き込みたくない」

「じゃあこれはやっぱりたまたまですかね」

「いや、そうと決まったわけではないぞ虎太郎。ホウライ軒に隠したのはノートじゃなくてノートを隠してある場所のヒントかもしれない」

「ほう」

「ヒント?」

「伊吹さんの気持ちになって考えてみろ。誰も巻き込みたくないんだよな。だったら虎太郎なんてなおさら巻き込みたくない。でも警察にも言いたくない」

「どうして警察にも言わないんですか」

「それは伊吹さんがバスケを愛しているからだ」

「……そうか。このことがバレたら若葉高校の部活は全て試合は出場停止になってしまう」

「バスケが出来なくなる。伊吹さんが一番心配してたことだよな」

「そうですけど」

「だから伊吹さんはなんとか校長を説得しようと考えていた。お金さえ返してくれればなんとかなると思った」

「自分のことだけじゃない。きっと伊吹さんは若葉高校の全生徒のことを考えたんだ。これが公になったら大学からのスポーツ特待の話も失くなってしまうのではないかってね」

「校長が不正をしていたとなると生徒にも悪い印象がついてしまうからな」

「しかしだ。校長次第では警察に話すしかない。その時のためにノートを隠した。そして万が一の時のことを考えて一応誰にもわからない程度のメッセージを残した」

「そんな……兄ちゃん」

「とにかく今からホウライ軒に行くぞ」

 長谷川がスッと立ち上がったのを見て城ヶ崎も虎太郎も急いで立ち上がっていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る