第31話
「いらっしゃい!」
ちょうど昼時を迎えていたホウライ軒。二つしかないテーブル席に三人が座ると狭い店内は満席となった。忙しそうにしている店長と目が合い頭を下げながら虎太郎は店の奥に水を取りに行った。
「ちょっと待っててな虎太郎くん。すぐ行く」
「あ、はい。ゆっくりで大丈夫です」
コップを取り水を入れた虎太郎は一度に三つは持てないことに気付き最初に二つのコップを持った。メニューを見ている長谷川と城ヶ崎の前に置いてからもう一度店の奥に行き自分の分の水を注いでくると虎太郎は長谷川の隣に座った。
「おっ、冷やし中華あるじゃん。俺それ。あと炒飯と餃子」
「いいな。俺も同じで」
「じゃあ僕も同じにします」
虎太郎は立ち上がると店長に向かって注文を叫んでいた。
「店長! 冷やし中華と炒飯と餃子。三つずつです」
「はいよ!」
虎太郎が座りなおすと長谷川と城ヶ崎の視線は壁に貼られている若葉高校の生徒たちの写真へと向けられていた。
「なんだよこれ。お前が写ってるじゃないか」
「ああ、ここに飾ってあるとは聞いていたが、こんな店だったとはな」
「本当だ。気づきませんでした」
城ヶ崎が剣道部のキャプテンであることを長谷川も虎太郎も忘れていたかのように不思議そうな顔でその写真を眺めていた。
「お前部活ちゃんと行ってるのか?」
「当たり前だろ。キャプテンが居なくてどうするんだ」
「お前剣道出来るのか?」
「何を言ってるんだお前は」
「剣道部だとは知っていたけどお前が剣道をやっている姿が想像出来ない」
「勝手に想像するなよ。ここにちゃんと写ってるだろ」
「お前は強いのか?」
「まあ、優勝したからな」
「すごいな」
長谷川は写真の城ヶ崎と目の前の城ヶ崎を何度も見比べていた。そしておもむろに席を立つと端から順番に写真を見始めていた。
「しかしこうやって見ると若葉高校は本当に強豪校なんだな」
城ヶ崎の呟きに虎太郎は大きく頷いていた。
「これみんな優勝してるってことですよね」
「そうだろうな。優勝してここに写真を飾らせてもらうというのもひとつのモチベーションになるだろうからな」
「でも、城ヶ崎さんは知らなかったんですよね、ここに写真があること。じゃあこの写真は誰が持ってきたのですか」
「さあ……誰だろうな。考えたこともなかったな。写真は写真部から貰うんだ。みんな記念に持っていたいからわざわざ自分のを持ってきてここに飾る奴はいないだろう。だとすると写真部か」
城ヶ崎の話を聴きながら虎太郎は考えていた。確かに優勝した時の写真は記念にとっておくのが普通だろう。でもここに飾ってある兄たちバスケ部の写真を見たのはここが初めてだ。と言うよりも兄の荷物の中で写真を見たことがなかった。
「ちょっとすみません」
虎太郎は急いで立ち上がり兄が写っているバスケ部の写真の前に行った。ちょうどお客さんが座っていたために虎太郎はすみませんと言って頭を下げながらそっと写真を壁から剥がした。
「どうした虎太郎」
それを見た長谷川が声をかけた。虎太郎は席に戻ると座ってから二人に写真の裏を見せた。
「僕が兄の写真を見たのはここが初めてでした。兄は今まで貰った写真をどうしていたのでしょうか。兄が自分のをここに貼ったのかと思いましたけど、裏には写真部寄贈と書いてありました」
「お待たせ、餃子ね」
「あ、ありがとうございます」
ちょうどその時餃子を運んできた店長が虎太郎の手にある写真を見て言った。
「写真はね、写真部の子たちが持ってきてくれたり写真部から預かったのを部員の子たちが持ってきてくれたりするんだよ。伊吹くんも写真部から預かったのを持ってきて自分で貼ってたよ。弟のために一番目立つところに貼るんだって言ってね」
「店長、他にも何か伊吹さんが置いていったり虎太郎について話してたことはありませんか? 何でもいいです」
長谷川が店長に聞いていた。
「えっ? 伊吹くんはいつも虎太郎くんの話しばっかりだったからな。ハハハ。ちょっと待ってね、お客さんが落ち着くまでいいかな?」
「あ、はい……」
それから三人が食事を済ませた頃には賑やかだった店内はある程度静かになっていた。虎太郎は空いた食器をカウンターの上の台まで下げてから、さっき剥がしたバスケ部の写真を元の場所に貼りなおしていた。
「部長、何してるんですか?」
ふと見ると長谷川が店の本棚の前に座り込んでいたのだ。
「こんなところに隠すわけないか」
長谷川は立ち上がると本棚の裏側を覗いたり植木鉢を持ち上げてみたりと店内を隅々まで物色していた。
「部長……戻ってきてください」
カウンターに座っていた作業着を着た男が長谷川のことを不思議そうな顔で見ていることに気づいた虎太郎は恥ずかしくなって長谷川に止めるよう言った。
「虎太郎くんも大変だね」
それを見ていた城ヶ崎がクスクスと笑っていた。
「あ、そういえばさっき思い出したんだけど、君たちはお疲れ様ノートは知ってる?」
店長がカウンターの中からそう言っていた。
「お疲れ様ノート?」
「うん。三年生が部活を引退する時に書きにくるんだよ。だいたいの部活は八月か九月で引退だから、今年はまだ作ってないけど」
「いや、知らなかったです」
三人は顔を見合わせていた。
「伊吹くんの頃のノート、見てみるかい?」
「はい!」
「お願いします!」
「ちょっと待ってて」
店長は店の奥へと入っていった。
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