第32話
「はいどうぞ」
店長は持ってきたノートを差し出した。表紙にマジックで大きく『若葉高校 三年間お疲れ様でした』と書かれているごく普通の大学ノートだった。
「ありがとうございます」
虎太郎が受け取ると三人は顔を寄せあってノートに注目した。ノートには付箋がいくつも貼られており、それぞれに野球部、サッカー部など部別にされているようだった。
「虎太郎、バスケ部だ」
「はい」
虎太郎はバスケ部と書いてある付箋を掴みそのページを開いた。バスケットボール部と大きく書かれた文字の下に当時の三年生であろう部員の名前がずらりと並んでいた。次のページからはひとりひとりそれぞれの三年間の出来事や思い出が書いてある。虎太郎は兄の伊吹の名前を探した。
「ありました!」
そこにはこう書かれていた。
『キャプテン 水沢伊吹
みんな三年間本当にお疲れ様でした。
時には辛い練習を頑張れたのも三年連続優勝できたのも監督をはじめこのチームでこの仲間だったからだと思う。本当に感謝してる。誰かが飛び抜けてうまいとかそういう次元のものじゃない。それぞれみんなに個性的な才能があってそれをみんなで出しあって補いあって掴んだ優勝だと思う。うちの強さはそういう仲間意識の強さが大きかった。本当に楽しくて素晴らしい部だった。一緒にバスケをしてくれてありがとう。バスケを好きになってくれてありがとう。
俺たちはこれからもこの若葉高校のバスケ部のことは忘れないだろうしずっとバスケを続けていくだろう。バスケさえ続けていれば俺たちはまたどこかで会えるかもしれない。またいつか一緒に試合ができるかもしれない。だからみんなもずっとバスケを続けていってほしい。そう思ってる。頑張ってる後輩、また新聞記事で会えるといいな。
そうだ、あとは家族にも感謝だな。バスケをやらせてくれてありがとうございました』
虎太郎も長谷川も城ヶ崎もこの文章を何度も読み返していた。
「違和感があるのは」
「新聞記事」
「ですね」
三人は顔を上げた。
「なんだよこの新聞記事って」
「不自然ですよね」
「新聞記事で会える?」
「ああ、くそっ」
長谷川はいつものようにそう言うと天井を見上げるようにして背もたれにもたれかかった。
「伊吹さんは新聞社に知り合いでもいたかい?」
城ヶ崎が虎太郎を見て言った。
「わかりません。兄の交友関係はさっぱりなんです」
虎太郎は城ヶ崎を見てぶるぶると首を振っていた。
「そうか。もしかしたら優勝校のキャプテンだったら記者と仲良くなっているかもしれない。俺の取材をしてくれるのもいつも同じ人だからな」
「そうなんですか?」
「おい城ヶ崎。それはどこの誰だ」
「知らないよ。バスケ部に聞いてみるしかないぞ」
「わかった。安村にメールしておく」
「それがいい」
「お願いします」
三人が話していると片付けを終えた店長が誰も居なくなったカウンターの椅子に座った。
「俺もそれ見てみていい?」
「あ、はい、どうぞ」
虎太郎は兄のページを開いたままノートを店長に渡した。三人は黙ったまま店長に注目していた。
「ごめん、聞くつもりはなかったんだけど君たちの話が耳に入っちゃってさ」
店長は顔を上げると笑顔で三人の方を見て言った。
「伊吹くんが三年生になってからなんだけど、新聞部の子とよく二人でここに来てたよ」
「新聞部!?」
「誰ですか?」
虎太郎と長谷川は身を乗り出していた。
「ああ、名前は忘れちゃったけど、虎太郎くんと似たような名前だったのは覚えてる」
「……漢字三文字繋がりか」
長谷川と虎太郎は二人で頷いていた。
「間違いないですね」
「紺タイの子と来るのが珍しくてさ。聞いたら同じクラスになって仲良くなった新聞部の、って言ってたから間違いないよ」
「じゃあその人が持ってる?」
「どうだろうな」
「長谷川が先輩をたどって調べるしかないな」
「新聞部かぁ。よりによって」
「なんだ、逆によかったじゃないか。先輩の連絡先ぐらい知ってるんだろ?」
「知ってるけどいくらこの俺でも先輩には頼みづらいよな」
「なんだよ。いつものお前らしくないな。ウィンウィンはどうしたウィンウィンは」
「わかったよ、くそっ」
「ハハハッ」
長谷川と城ヶ崎の会話を聞いていた店長が笑っていた。
「君たち面白いね。よかったね虎太郎くん。こんな面白い先輩たちに出会えて」
「あ、はい。そうだ店長。こちらは生徒会長の城ヶ崎さんで、こちらは新聞部の部長の長谷川さんです」
「えっ? 生徒会長なの? その写真で剣道部のキャプテンだとはわかってたけどまさか生徒会長だったなんてね」
「いつもうちの生徒たちがお世話になってます」
「あはは。こちらこそご贔屓にしてもらってます。しかし生徒会長カッコいいな」
「ああ、こいつモデルとかやってるんですよ」
「モデル!?」
「あ、部長もやったんですよね、モデル」
虎太郎がそう言って笑うと長谷川は「うっせえ」と言って虎太郎を睨み付けていた。
「ハハハッ。なんだか安心したよ。うん。こんないい先輩たちがそばにいてくれたら安心だね」
「はい。本当にお世話になってます」
「おう。俺たちに感謝しろよ虎太郎」
「もちろんです。感謝してますよ」
「お前な、感謝しろとかそういうことを言うから格好悪いんだぞ」
「はあ?」
「後輩には黙ってただ優しくしてあげればいいんだ。伊吹さんみたいにな」
「俺はちゃんと優しくしてるよな? 虎太郎」
「はい、部長は優しいです。黙ってはいないですけど」
「あ?」
「ハハッ」
「ははっ」
ホウライ軒で四人はしばらく他愛もない話をしながら笑っていた。
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