第36話
「やっぱりそういうことだよな……」
長谷川が口を開いたのは長谷川警部が買ってきてくれた缶コーヒーを二人がちょうど飲み干した時だった。
「どういうことだ? 新之助」
警部は待ってましたと言わんばかりに聞いた。
「だいたい俺は最初っから怪しいと思ってたんだ。自分の勘をもっと信じるべきだった。オヤジ、調べてほしいことがある」
「今度はなんだ」
警部が聞くと長谷川は虎太郎と城ヶ崎の方を見た。
「いや、悪い。後で話すよ。また俺の憶測で虎太郎を不安にさせるのもよくないからな」
「部長、僕は大丈夫です」
「なんだよ長谷川、ここまできたんだ。虎太郎くんだって気になるだろう」
「わかってるけどさ、虎太郎。ここから先は俺に任せてくれないか? もちろん虎太郎に危険が迫るとかそんなことは一切ないから安心しろ。ただ俺の勝手な憶測でお前を巻き込みたくないだけだ。結果はすぐに報告する。俺の勘が間違っていたとしてもちゃんと教える。その時は思いきり笑ってバカにしてもいいぞ。ハハッ」
虎太郎はそう言って笑っている長谷川を見て感じていた。笑ってはいるがその目は真剣だと。それに自分のことを巻き込みたくないと言ったその言葉に虎太郎の心は動かされていた。まるで自分のことを思ってくれていた兄のようだと。
「わかりました。部長を信じてますから」
「おう、そうか。ありがとうな虎太郎」
長谷川は一瞬驚いた顔になったがすぐに優しい笑顔になっていた。
「ということで、今日は解散だ」
長谷川が言うと虎太郎と城ヶ崎は立ち上がった。
「部長、警部も、よろしくお願いします」
虎太郎が頭を下げると長谷川警部は笑顔になった。
「うん。虎太郎くんも城ヶ崎くんもわざわざ来てもらって悪かったな。ありがとう。気をつけて」
「はい。ありがとうございました。失礼します」
「失礼します」
「じゃあまたな」
虎太郎と城ヶ崎が頭を下げると長谷川は二人に手を振った。
校長が逮捕され学校が家宅捜索されることによって部活も活動中止を余儀なくされていた。ちょうど夏休み中だったということが不幸中の幸いだった。これがもしもそうでなければ学校に押し寄せてくる記者たちが生徒らに詰め寄っていただろう。
「学校にも入れないから部活も出来ない。まあ、バイトするにはちょうどいいな」
警察署を出てからバイトに行くと言った城ヶ崎とはその場で別れた。虎太郎はそのまま一人で若竹コーポの部屋へと帰ってきていた。虎太郎は少し安心していた。兄がしようとしていたことにほっとしていたのだ。兄は校長の不正を隠そうとしたわけではなく校長にちゃんと責任をとらせようとしていただけだった。それがわかっただけでも虎太郎の気持ちは随分と楽になっていた。だがそうなるとますます兄の自殺というものがわからなくなるのも事実だった。そして長谷川はいったい何を考えているのか、何をしようとしているのか。虎太郎にはさっぱりわからなかった。もう自分に出来ることは何もない。長谷川が自分に任せろと言ったのだから任せるしかない。長谷川を信じて待っていよう。そう思った虎太郎は横になっていた身体を起こしてベッドから下りた。
「よし」
そう呟いてから机に向かい教科書とノートを広げはじめた。夏休みに入って手付かずだった夏休みの宿題をやろうとしていたのだ。兄がいつもうるさい程に言っていたようにちゃんと勉強もしなければならない。それに長谷川も城ヶ崎も何も言わないが二人ともちゃんと勉強しているようだった。一学期の終わりに貼り出されていた期末テストの順位表を見た時には驚いた。城ヶ崎はもちろん長谷川も上位の中に入っていたのだ。いったいいつ勉強しているのか。虎太郎は二人のことをまるで兄のようだと思っていた。忙しくしながらちゃんと勉強も出来ている。明るくて何でも出来て優しい。兄はもちろんだが虎太郎は二人のことも尊敬していた。あんな風に格好いい先輩になりたい。そのためには自分もちゃんと勉強しなければならない。兄が言っていたことの意味がようやくわかったような気がした虎太郎はそれから日が暮れるまで机に向かっていたのだった。
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