第17話
長谷川がパソコンの画面に釘付けになっている間、虎太郎はスーパーに行って買い物をしてきていた。メールを全て読み終えるまで長谷川は帰らないらしい。「途中で止めても気になって眠れねえんだよ」そんなことをぶつぶつ言いながら長谷川は真剣にメールを読んでいた。虎太郎は夕食をご馳走しようと考え長谷川を置いてスーパーに行ってきたのだった。
「虎太郎さ、伊吹さんにめちゃめちゃ心配されてるけど、お前そんなに出来ない奴なのか?」
「は?」
虎太郎が夕食の準備をしていると長谷川が話しかけてきた。
「こんなに毎日メール送ってくるなんてお前がよっぽどバカなのかって聞いてんの」
一瞬虎太郎はむっとした表情になっていた。見た目がチャラ男の部長には言われたくない。だが長谷川の真剣な顔を見て虎太郎は冷静になっていた。
「僕、そんなにバカに見えますか?」
「見えないんだよな。そもそもうちの学校は特待生以外は頭いい奴ばっかなんだよ。お前も頑張ったんだな」
「まあ」
「病気とか体が弱いってわけでもないだろ? となると伊吹さんのこのメールはちょっと異常だな」
「そう、ですか? 部長だったら? 部長がもしも実家を出ていたとしたら、弟さんたちが心配じゃないのですか?」
「うーん……心配は心配だけど、こんなに毎日メールを送ったりなんてことはしないだろうな。実家にはオヤジもおふくろもいるんだし」
「そうですか。僕はこれが普通だと思ってましたから」
「ただのブラコンか」
「確かに両親とも心配性だし、そう言われると兄ちゃんもかなりの心配性だったかも。特に僕のことに関しては」
「そうみたいだな」
「……いや、僕のこともそうですけど、兄ちゃんはバスケのことが心配だったのかも」
「バスケ?」
「はい。兄ちゃんが三年生になった頃からです。メールを読めばわかると思いますけど、兄ちゃんはバスケが出来なくなるのが一番怖いってよく言ってました」
「ほう、バスケね。何かあったのかな」
「僕もそう思いましたが兄ちゃんは特に何も」
「わざわざ心配かけるようなことは弟には言わないか」
「はい。今思うとそれが悔しくて」
「仕方ないな。兄貴としては弟に相談なんてしてらんないもんな」
「でもそんなの関係なく、何でも言ってほしかったです」
「それは無理だな」
長谷川が言いきった言葉に虎太郎はがっかりとした様子だった。
「なあ、伊吹さんが亡くなったのって九月二十日だったよな」
「はい」
「てことは、もう三年生は部活は引退してた」
「ああ、はい。三年生は八月いっぱいで終わりです。それからは生徒会で忙しくなるからってメールも減りました」
「生徒会か。そっちも調べなきゃだよな。俺は生徒会のことだけはよく知らないんだ」
「興味がないから?」
「そう。うちの生徒会は運動部のためにあるようなもんだからな。俺たち紺タイとは無縁だ」
「こんたい?」
「紺色のネクタイをした奴らだよ。特待生以外」
「ああ、略して紺タイ、ですか」
「そう。五年前と三年前の生徒の死。共通するのは生徒会だもんな。やっぱそこ重要だよな。くそっ、気が重い」
「どうしてですか?」
「わかんねえけど嫌な予感がするんだよ。言っただろ、俺の勘はよく当たるんだ」
「はい」
「まあいいや。とりあえずこれ最後まで読むぞ」
「お願いします」
手を止めていた虎太郎と長谷川はまたそれぞれで手を動かし始めた。
(生徒会……)
兄は生徒会のことについてはほとんど触れていなかった。それは長谷川の言う通り、弟には相談できない何かがあったからなのだろうか。弟に心配かけないために何も言わなかった。そう考えてもおかしくない。長谷川の嫌な予感がよく当たるのも虎太郎は知っている。虎太郎は今の生徒会長の顔を思い出していた。入学式の時に壇上で挨拶していた人だ。確か名前は
「心配すんな虎太郎。生徒会のことは俺一人で調べるから」
「えっ」
「いくら伊吹さんの弟だからって生徒会は一年坊主には無理だ」
「でも……」
「ましてやお前は特待生でもない。相手にされないぞ。それにまた安村先生に呼び出されるのもごめんだしな。城ヶ崎は二年の時に同じクラスだったから連絡先くらいは知ってる。あいつとはあまり会いたくないんだが、俺に任せとけ」
「……はい。ありがとうございます」
「はぁ、まさか俺から城ヶ崎に連絡することになるとはな」
「部長、生徒会長と何かあったんですか?」
「ああ、まあな。虎太郎には関係ないことだから心配すんな」
「……はい」
それから二人は虎太郎が炊いたご飯とスーパーのお惣菜、それに虎太郎が作った味噌汁といった夕食を済ませた。長谷川は休憩がてらシャワーを浴びたりしながらずっとメールを読み続けていた。「お前は自由にしてろよ」と長谷川に言われた通り虎太郎は食事の片付けを終えシャワーを浴びてベッドで仰向けになりいつものように兄に貰ったバスケットボールを触っていた。ふと横を見ると長谷川の背中がある。そのことが虎太郎の心を落ち着かせてくれていた。いつもは誰もいないひとりぼっちの部屋に人がいることが虎太郎はなんだか嬉しかった。兄が生きていたらこんな感じだっただろうか。一緒にご飯を食べてお互いの話をしながらゆっくり過ごす。もう叶うことのないその時間を想像しながら虎太郎はバスケットボールを抱きかかえたまま、いつの間にか久しぶりに心地よい深い眠りについていた。
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