第18話



「まさかお前から連絡くれるなんてな」

 新聞部の部室に現れたのは現生徒会長の城ヶ崎だった。その美しい出で立ちはプレハブ小屋という狭い部室には到底似合わなかった。

「おう、悪いな。こんな狭くて汚い所に呼び出して」

「いや、なるほど。これが若葉の廃れた文科系の部室なんだな。この五つのプレハブ小屋がもったいない。何か他に使い道がありそうだ。おかげでいい情報を得たよ」

 城ヶ崎はパイプ椅子に座りながら独り言のようにぶつぶつ言っていた。

「おいおい。ここには手を出すなよな。俺の唯一の一人になれる場所なんだ。そっとしといてくれ」

「なんだそうなのか。残念だな。お前がそう言うならそっとしておくが。で? とうとうやる気になってくれたのか?」

 城ヶ崎が楽しそうに長谷川を見つめている。

「バカ、違うよ。ちょっと調べてることがあってさ」

「ああ、何か噂になっていたな。二人の生徒会長の死か」

「さすがに生徒会にまで噂は広がってるか」

「当然だろう。死んだのが二人とも生徒会長だったとなればな。だがどうしてそれを長谷川が調べてるんだ? 刑事の息子が探偵ごっこでも始めたのか? 俺はてっきりお前があの話を考えてくれたのかと思って喜んでいたのだが」

「そんなんじゃねえよ。三年前に亡くなった水沢伊吹の弟が俺に頼み込んできたんだよ。兄の死の真相を知りたいってな。それも刑事の息子とは知らずにたまたま、偶然にもな」

「ほう、それは面白いじゃないか。こんな見た目のお前に頼むとはいい度胸をしているな、弟くんは」

「こんなんで悪かったな」

「ふはっ。俺は褒めてるんだぞ。二年の時に初めてお前を見てピンときた。その妙に整った顔と黒いモサッとした髪型が気になって俺はお前に声をかけたんだ」

「ああ、あの時は何だこいつと思ったさ。いきなり俺の席に来たと思えば髪を茶色くしろって言い出して。こいつ顔は綺麗なのに頭はおかしいのかと思ったよ」

「はは、俺の言う通りにしてよかっただろ。髪型を変えるだけで印象はまったく変わるからな。お前の明るくて面倒見がよくて優しいという性格を醸し出すためには髪がうざかった」

「まあ、でもお前には感謝してるよ。刑事の息子というのはどうやら近寄り難かったみたいだが、この見た目のおかげで人脈も増えた。今回の水沢伊吹の件で役にも立ったしな」

「ほう、どんな役に?」

「皆に噂を広めてもらった。その方が何かと調べやすいだろ」

「あの噂を振り撒いたのはお前か。いったいどこから出てきたのかと気にはなっていたんだ。そうか、それで噂が広まっても何も情報が得られなかったから俺に連絡してきたって訳だな。やっと納得がいったよ」

「さすがだな。話が早くて助かるよ」

「それで、お前たちは何が知りたいんだ」

「生徒会は何でも逐一書類を作ってるだろ? 書記がいるはずだし。水沢伊吹が生徒会長だった頃の書類を探して見せてくれないか。できたら五年前の生徒会長だった菅谷すがやまことさんの頃のも」

「生徒会の書類やデータは持ち出し禁止だ。もちろん部外者が見ることもな」

「だからこうやって頼んでるんだろ」

「お前な、いくら生徒会長だからって何でも自由にしていいわけじゃないんだぞ」

「そこをなんとか頼む」

「無理だ」

「わかった。だったらお前が見て調べてくれよ」

「は? 何で俺が」

「お前が水沢伊吹と菅谷誠の頃の書類や帳簿を調べてみて、それで何か怪しいところとかおかしなところがあったら教えてくれ」

「だからなんで……」

「お前だって興味がないわけでもないだろ?」

「二人の自殺に?」

「ああ。二人とも自分と同じ生徒会長だぞ。共通するのは生徒会。その生徒会で何かがあったと考えるのが普通だろ」

「生徒会長は忙しいんだ。部活もやってたらなおさらな。各部の予算の計上だけでも一苦労する。うちは寄付も多いからお金の管理は特に大変なんだぞ」

「だからって自殺すると思うか?」

「いや、そうとは言ってないが。他にもいろいろと重なったんだろう」

「ふーん」

「なんだよ長谷川。さっきから気持ち悪い顔をして」

「城ヶ崎は俺と同じでわからないことはとことん調べたいのかと思ってたんだけどな。まあいいや。兄貴のことが知りたくてわざわざ若葉まで追いかけてくるようなかわいい弟の力にはなってやれないんだな。生徒が困っていたら助けてやるのも生徒会長の役目だと思ってたんだけどな」

「おいおい、お前本当に変わらないな。その、人を追い込んで頼み事をするところ。わかったよ。でも俺だって部活もあるんだ。急げとは言うなよ」

「あはっ、本当か? 助かるよ城ヶ崎」

「ただし条件がある」

「……まさか、嘘だろ?」

「俺は本気だって前から言ってるだろ。一回でいいんだ」

「なんで俺が」

「知りたいんだろ? 生徒会のことを」

「そうだけど」

「だったらもう腹をくくれ。お前が好きなウィンウィンだぞ。ちょうど来週末に予定が入ってる」

「ああ~もう! わかったよ。わかったからお前もちゃんと調べろよな」

「ふはっ。やっとその気になってくれたか、はははっ」

「一回だけだからな」

「わかってるよ」

「だからお前に会うの嫌だったんだよ。嫌な予感しかしなかったんだ」

「何だよ。人を不吉なもの呼ばわりして」

「ああ~。くそっ」

 長谷川がうなだれるようにして頭を抱えている姿を城ヶ崎は楽しそうに笑いながら見ていた。





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