第10話



「ことの発端は五年前です」

 管理人室と見せかけた監視部屋に岸谷刑事と長谷川、そして虎太郎はパイプ椅子を寄せあって座っていた。そして岸谷刑事が虎太郎に詳細を話してくれた。

「水沢伊吹と同じようにひとりの若者が亡くなりました。彼は生徒会長で人望も厚かった。当然いじめられるような人柄でもなかった。真面目で情が深く優しい彼は皆に頼りにされる人気者だった。そんな彼の死は自殺と判断されました。当時この屋上には金網のフェンスが張られていて、そのフェンスをよじ登ったような痕跡があった。目撃者もいないし遺書もない。しかし屋上に残されたその生徒の靴から事故ではなく自殺だろうと」

「兄ちゃんと同じ……」

 虎太郎は前にクラスメイトの山田が言っていた話を思い出していた。山田からもその生徒の自殺の話は聞いていた。だがここまで兄と似た状況だったことを知ってさらに驚いていた。

「ええ、ですから我々もその彼の死のことは納得いかないまでももう頭の隅の方にしまっておりました。そんな時に起きた水沢伊吹の死です。五年前の彼とほとんど同じ状況。違うのは五年前の彼の死を繰り返さないために作られた屋上の壁」

「自殺防止のためにこの壁は作られたんだってさ。俺の身長くらいあるからな。伊吹さんは背が高かったろうけど、あの壁を登るのはちょっと苦労すると思うぞ」

「あまりにも不自然な死を遂げた同じ高校の似た境遇の二人の若者。警察は水沢伊吹の死をきっかけに一度自殺と判断したものの極秘に二人の若者を襲った連続殺人事件の線での捜査を始めたのです」

「連続……殺人……」

「そうです。果たして二人に何が起きたのか。この高校で何が起こっているのか。実はここの校長は私の同級生でしてね。大学までずっと一緒に柔道をやってきた仲間なのですよ。だから私がこうやって誰にも知られず管理人として潜入しているというわけです」

 虎太郎の両手は少し震えていた。連続殺人という恐ろしい言葉を聞いて無意識に両手を強く握りしめていたせいだった。

「それで、何かわかったんですか」

 管理人は静かに首を横に振った。

「それが全く何ひとつ出てこない。私がここに来てもうすぐ三年が経ちます。そろそろ諦めて捜査を終いにしようと署で話していた矢先でした」

「虎太郎、お前が俺のところに現れた」

「いやいや偶然なのか必然なのか、我々も驚きましたよ。坊っちゃんが警部に話したことで弟である虎太郎くんが若葉高校にいると知ってね。もしかするとこれが最後のチャンスではないかとね」

「最後の、チャンス」

「もしよろしければ虎太郎くん、我々に協力してはくれないかね」

 岸谷刑事はじっと虎太郎の目を見ていた。虎太郎もまた岸谷刑事を見つめていた。予期せぬ展開に虎太郎の胸の鼓動が激しくなっていくのがわかった。兄の死の真実を知りたくて部長を頼った。すぐにいろいろと調べてくれた部長の情報源だという管理人の部屋に来た。部長とその管理人に協力を頼もうとしていたらまさか自分が協力を頼まれることになるなんて。いや、そんなことよりもだ。もしもだ。もしも兄が誰かに殺されたのだとしたら。兄は自殺ではなく誰かに。

「おい虎太郎、大丈夫か?」

 長谷川に肩を揺すられ虎太郎はハッとした。兄が殺されるなんてそんなこと許せない。大好きだった兄を、大好きな兄を奪うなんて絶対に絶対に許せない。虎太郎は自分が怒りでガタガタと震えながら涙を流していることに気が付いた。

「虎太郎くん。まだそうと決まったわけじゃない。その可能性も視野に入れるというだけだ」

 肩で息をする虎太郎を覗き込む二人。

「そうだぞ虎太郎。それに言っただろ。どんな結果だろうと耐えられるかって。お前は全てを受け止めるって言ったよな」

 虎太郎は震えながら泣きながら頷いた。

「まあ、今すぐに返事は無理だろうからよく考えてみてくれないかね。ご両親にも相談するといい。だがくれぐれもご両親には他言無用だということを伝えてくれないかね。極秘の捜査だってこと……」

「やります」

「おい虎太郎」

 長谷川が虎太郎の肩を掴んだが虎太郎は力強い目で岸谷刑事を睨むように見ていた。

「僕、やります。どんなことでもやります。お願いします。やります。やらせてください。お願いします」

 虎太郎の必死な様を見て岸谷刑事も長谷川も目頭が熱くなっていた。

「よしわかった。わかりました。さっきも言った通りこれは私たちだけしか知らないことです。誰にも言わないように。それと明日から警察の人間を近辺に忍ばせますから安心してください。虎太郎くんを危険な目にはあわせません。我々からもご両親にちゃんと説明させていただきますからね。坊っちゃんもよろしいですね」

「わかってるよおっさん。任せとけって」

「いいですか。あらゆる可能性を想定してのことですからね。もしも二人が殺されたとして犯人が学校内もしくは近くにいるとします。虎太郎くんが特待生でもないのになぜこの若葉高校に来たのか。そしてなぜ刑事の息子である坊っちゃんと一緒にいるのか。犯人の身になって考えるととても気になりますよね。ましてや水沢伊吹のことをあちこちで訪ねているのならばなおさらです。犯人は遅かれ早かれ必ず接触してくるはずです」

「わかったよ。あちこちで伊吹さんのことを聞き回ればいいんだろ」

「さすが新之助坊っちゃん、話がお早い」

「こうなったらとことん目立ってやるよ」

「ほどほどでお願いします」

 虎太郎は二人の会話をどこか遠くで聴いているような感覚だった。まだ怒りがおさまらなかった。まだ心臓がドクドクと音を立てていた。兄の人生を奪った人間がいるかもしれないと思うと何もかもが許せなかった。自分のことも許せなかった。兄を守れなかった自分にも腹が立っていた。






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