第13話



 次の日、朝礼が終わった後に長谷川と虎太郎は職員室に呼び出されていた。授業の準備に追われている教師たちがざわざわと慌ただしくしている中、二人は現在の二年A組の担任でありバスケ部のコーチである安村の机の横に立たされていた。

「俺が何を言いたいかわかるよな」

 怒ったような顔で長谷川を見上げる安村。眼鏡をかけていて真面目なサラリーマン風の安村がバスケをするようには見えない。きっと他に適任者がいなくて押し付けられたのだろう。長谷川も虎太郎もそう思っていた。

「ああ、はい、あれですよね。練習の邪魔だから体育館をちょろちょろすんなってことですよね」

 長谷川がバカにしたような口調で安村を煽っている。

「お前本当にわかってるのか?」

「でもさ先生。虎太郎の気持ちも考えてやってくださいよ。あの水沢伊吹さんの弟ですよ? 誰に聞いても人気者の伊吹さんが自殺したとされてるんです。信じられない弟さんの気持ち、ましてや二年生の頃担任だった安村先生には痛いほどよくわかりますよね?」

「いや、そ、それはそうだがな。今のバスケ部の部員は何も知らなかったんだ。それなのにこんな妙な噂話で部員を不安にさせたくない。俺の気持ちもわかるだろ? 長谷川」

「ああ、そりゃわかりますよ。でももうすでに噂が一人歩きしていて手遅れじゃないですかね。だったらこそこそしないで堂々としていた方が部員の方たちもまだ気持ち的にはマシなんじゃないですか?」

「な、お前らまだ練習の邪魔をする気か?」

 安村はなんとも焦ったような困ったような顔をしていた。

「そうだ、先生こういうのはどうですか? もう体育館には顔を出しません。そのかわりに安村先生も協力してくださいよ」

「はあ? 何を協力するんだ?」

「あの、猪又コーチはどうされたのですか?」

 ここぞとばかりに虎太郎が口を挟んだ。

「ああ、猪又先生か。あいつは以前から酒癖が悪くてね。散々注意してたんだけど、水沢の死をきっかけにまた深酒するようになって。相当ショックだったんだろうね。飲酒運転をして事故を起こしたんだ」

「どこでどんな事故を?」

 虎太郎の問いかけに安村はキョロキョロと辺りを見回していた。

「先生、大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」

 長谷川がニヤリと安村に微笑みかける。

「俺から聞いたって言うなよ」

 長谷川と虎太郎は何度も頷いた。

「この街から隣の街に車で行くなら高速にのるか向こうにある峠を越えるかなんだ。その峠で猪又が酔っ払って運転ミスをして山に突っ込んだ。その時、猪又は隣に近藤先生を乗せていたんだ。あ、近藤先生っていうのは水沢が三年生の時の担任だった先生なんだけどな。その時は近藤先生はもうすでに退職届を出していたから、同乗者が近藤先生だったってことはこの学校の人間は誰も知らない」

「ほう、なるほど。伊吹さんと深く関わる二人が密会していた、ってことですね?」

「密会だったのかたまたまだったのかそんなの俺は知らん。ただ近藤先生は水沢の死とその事故の怪我とのダブルパンチで相当まいって、今は田舎の実家にこもってるみたいだぞ。療養って言ってたかな」

「猪又コーチは?」

「あいつもショックだったんだろうな。しばらくは禁酒の会に入会したり怪我のリハビリしてるとは聞いたけど、引っ越しするとか言ってたな。それから先は知らん」

「先生それって誰に聞いたんですか?」

「猪又本人だけど?」

「本人か」

「俺がバスケ部のコーチを引き継ぐことになったからいろいろ聞きたくてな。だからもうずいぶん前だぞ。どれくらい経つかな」

「わかりました。安村先生、先生はなんとかして猪又先生と連絡をとってみてください。とれたら水沢伊吹の弟、虎太郎が若葉高校にいることを伝えてください」

「はあ? なんで俺がそんなこと……」

「そしたらもう俺たちはちょろちょろとバスケ部の邪魔はしませんから。ねっ。お互いウィンウィンでいきましょうよ先生」

 長谷川がニヤニヤしながら安村の顔を覗き込むようにしていた。

「ああもう、わかったよ。わかったからお前ら本当にほどほどにしとけよ」

「はぁい」

「先生、よろしくお願いします」

 虎太郎は安村に向かって深々と頭を下げていた。


 長谷川と別れ自分のクラスに戻った虎太郎の元に祐吾と小林と山田が心配そうに駆け付けた。

「虎太郎、大丈夫か?」

「安村コーチに何か言われた?」

「やっぱりいろいろ嗅ぎ回るなって?」

 三人は虎太郎の顔を覗き込んでいた。

「うん。そんな感じ。でも大丈夫だよ。こっちには部長がついてるからね」

 虎太郎は三人に笑ってみせた。

「そっか。ならいいけどさ」

「バスケ部ではその話ばっかだぞ」

「バスケ部だけじゃないよ。怪談話みたいになって皆面白がってるよ。虎太郎くんはそれでいいの?」

 山田が泣きそうな顔になっていた。

「大丈夫大丈夫。その方が逆に動きやすいんだ。どこかひょんな場所から何かしら情報が入るかもしれないしね」

「でも、皆面白がってるんだよ?」

「それでも何もないよりマシさ」

「そうだけど……」

 何か言いたげな山田を始業のチャイムがさえぎり虎太郎たちはそれぞれ席についた。

 猪又コーチと連絡がとれたらまた何かわかるかもしれない。虎太郎は少しだけ期待していた。それと同時に兄のお葬式に来てくれた三年生の時の担任の近藤先生のことを考えていた。まだ若くて爽やかな男の人という印象だった。兄が死んだ後に猪又コーチと二人でこっそり何をしていたのか。虎太郎の記憶の中の近藤先生はあの時本当に水沢伊吹の死を哀しんでくれているように見えた。近藤先生の心配をしながら虎太郎はどうか安村先生が猪又コーチと連絡がとれるようにと願うばかりだった。





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