第21話



「いらっしゃい!」

 ホウライ軒は相変わらずお客がいっぱいだった。サラリーマン風の人もいれば作業着を着た人、タクシーの運転手、若葉高校の制服を着た生徒も何人かいた。

「虎太郎くんはいつものやつ? こっちの彼は初めてかな」

 虎太郎と長谷川がカウンターに座ると店長が笑顔で話しかけてきた。

「じゃあ俺もその味噌ラーメン。あと炒飯と餃子も二つずつ」

「はいよ!」

 注文を済ませた長谷川は店内をゆっくりと眺めていた。虎太郎はその間に店の奥からコップに水を注いで持ってくると自分と長谷川の前に置いた。

「おう、サンキュー」

「どうですか、ホウライ軒」

「どうって、まあ、普通のよくあるラーメン屋だよな」

「味は保証します」

「あれだけ伊吹さんがおいしいって言ってたんだしな。そりゃあ期待してるさ」

 そう言ったきり、長谷川はじっと前を見たまま黙ってしまった。いつもならああだこうだと何かしら喋っている長谷川が黙っていることに虎太郎はなんだか落ち着かなかった。厨房での鍋や食器の音、客が麺をすする音、テレビのニュースの声やざわざわとした周りの音が虎太郎の耳に妙に大きく響いて聴こえてくる。

「あの……」

 しびれを切らした虎太郎が長谷川に話しかけようとしていた。

「虎太郎。明日から新聞部には来るな」

「へっ?」

 何人かの客が虎太郎の方へと顔を向けた。あまりにも突然で驚いた虎太郎は大きな声を出していたのだ。

「部長、どうしてですか」

 虎太郎は長谷川に顔を近付け声をひそめた。

「もしかしてさっきの、管理人さんの話しですか?」

 虎太郎が聞くと長谷川は虎太郎をじっと見つめた。

「まあ、そんなところかな。とにかく明日からは新聞部には来るな」

「……わかりました」

「だから放課後はお前の家に集合な」

「はい……えっ? はっ?」

 また大きな声を出してしまった虎太郎は思わず自分の口を手で押さえていた。

「はい、お待たせ。餃子と味噌ラーメンと、炒飯ね!」

「あっ、ありがとうございます」

「おっ、うまそう!」

 目の前に置かれた品々を見て長谷川は嬉しそうにしていた。

「はは、おいしいぞ。ゆっくり食べてけよ」

「うっす」

 それを見て店長も喜んでいる様子だった。

「食べるぞ虎太郎」

「はい」

「いただきます」

「いただきます」

 虎太郎はホウライ軒では初めて食べる餃子に手を伸ばした。少し小ぶりだが一皿に十個も盛られている。一つを掴み餃子のタレが入った小皿にちょんとつけてから口に入れた。

「あ、うまっ」

「うん旨い、百個は食えるな」

 同じく餃子を口に入れた長谷川もおいしそうに顔をほころばせていた。

「おお、本当だ、旨いなこの味噌ラーメン」

 続けてラーメンをすすり何度も頷く長谷川。

「ですよね! よかったです!」

 それから二人は夢中であっという間に頼んだメニューを完食すると満足そうに背もたれにもたれかかっていた。

「わはっ、嬉しいな、そんなにおいしそうに食べてくれて」

 店長が空になった食器をさげながら二人に笑いかけていた。

「全部旨かったです。ご馳走さまでした」

「ありがとう。また来てよ」

「はい、また来ます」

 長谷川は店長にそう言うとお会計を済ませた。

「部長、ご馳走さまでした」

「おう、行くぞ」

「はい」

 虎太郎と長谷川は店長に頭を下げながらホウライ軒の外へ出た。

「ありがとうございました~」

 店長の声を聞きながらホウライ軒のドアを閉めた。外はちょうど日が沈む頃で少しだけ空が赤みがかっていた。長谷川はそのまま立ち止まっていた。

「部長? どうしますか? 帰りますか?」

「ああ、ちょっと待て。虎太郎の家はあっちだから帰るならまた学校の方に戻るってことだよな」

「はい、そうですけど」

「でも若葉の寮は反対方向だよな」

「はい、寮は確かあっちなのでこのまま真っ直ぐですね」

 虎太郎のアパートは若葉高校を出てぐるっと反対側の学校の裏側になる。ホウライ軒は校門を出て真っ直ぐ前に進んだ所にあり、若葉高校の寮はさらにその先にあった。

「じゃあ伊吹さんはいつも帰りにみんなとここに来て、一人で学校の方に戻ってたってことだよな」

「そう、なりますね」

「ふん」

「どうかしました?」

「いや、伊吹さんが亡くなった日もここに来たのかなって思ってさ」

「ああ、たぶん来てると思います。部活を引退してからは生徒会の仲間と来てるってメールで言ってました」

「自殺を考えてる人間が死ぬ間際に仲間と飯食いに来たりするもんかね。俺にはわかんねえけどさ」

「はあ……」

「それよりも、みんなと飯食って解散して学校の前を通った時に何か異変に気付いた。もしくは忘れ物をしたとか。そして学校に侵入した。そこで何かがあった。そう考える方が自然だけどな」

「何かって……」

「まあ、あくまでも俺の推理だけどな。結局あのメールからも何かに悩んでいたり変わった様子は感じられなかった。最初に思ったとおり、弟には何も心配かけたくないっていう気持ちは嫌になるほどわかったけどな」

「はい」

 長谷川が学校の方へと向かって歩き出すと虎太郎もそれについていった。

「あの店長とは仲良さそうだったもんな、伊吹さん」

「ああ、はい。そうですね。メールでも何度かそう言ってましたよね」

「……虎太郎」

「はい」

「今までは伊吹さんのことについて噂を広めて目立つように行動していたけど、明日からはそれも終わりにするぞ」

「え、はい」

「明日からは誰に何を聞かれても知らないし何も調べていない、でとおせ」

「はあ」

「誰にも何も話すなよ。いいな」

「わかりました」

「たとえそれが先生やクラスメイトでもだ。誰も信用するな。信用するのは俺だけだと思え」

「はい」

 何かいつもと様子が違う長谷川を虎太郎は隣で不思議そうに見上げていた。





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