第3話



「なあ、虎太郎はどこに入るか決めた?」

「ん、何が?」

 お昼休みのことだった。

「部活だよ、部活」

「ああ、うん、一応」

 高校生活が始まって二週間も経つとスポーツ特待生ではない生徒もそれぞれ好みの部活に入りだす者が増えてきていた。早速友達になった、と言うよりは虎太郎が意図して近付いた同じクラスでバスケ部の生田いくた祐吾ゆうごと小林まもるが興味深そうに虎太郎に聞いた。

「新聞部にしようかなって思って」

「新聞部?」

「そんな部あるんだ」

 文科系の部活のリストの中から見つけた新聞部。ここなら取材と称してスムーズに怪しまれずにいろいろな生徒や先生から話しを聞けるかもしれない。そう考えた虎太郎はちょうど放課後この部の見学に行こうと思っていたところだった。

「もし新聞部に入ったらバスケ部の取材しに行くよ」

「おう、いいなそれ」

「でしょ。僕も小学校まではバスケやってたから。好きなんだ。バスケ」

「なんだ、そうなのかよ。だったらバスケ部のマネージャーでもやればいいのに。確か募集してたぞ。なあコバにゃん」

「あ、うん。一年のマネージャーが欲しいっつってた」

「ああ……ちょっとそれは遠慮しておくよ。僕がバスケ部に入ったら皆が気を使っちゃうかもしれないから」

「は? なんでだよ」

「うん……」

 待ってましたと言わんばかりに虎太郎は祐吾と小林に兄のことを話した。バスケ部のキャプテンだったこと、生徒会長だったこと、そしてこの学校の屋上から飛び降りて自殺したとされていることを。

「兄ちゃんは五歳上だったから、監督とかコーチが変わってなければ知ってるだろうし今の三年生も噂くらいなら聞いてるかもしれないしさ。そこに僕が入っちゃったら皆はなんとなく気を使うかもしれないでしょ?」

「……マジか」

 祐吾と小林が顔を見合わせていた。

「なんで自殺なんか……生徒会長でキャプテンだったらいじめられるような人じゃないよな」

「うん。いじめがなかったのは本当だと思う。明るくて人気者だったのも本当。だから自殺する原因なんてなかった。でも自殺と見なされたんだ。だとすれば何があったのか。実はそれを調べたくて」

「そっか、わかった。俺たちもチャンスがあれば何かそれとなく探ってみるよ。なあ祐吾」

「ああ、俺たち寮だし、知ってるやつもいるかもしれないな」

 バスケ部だけあって体格も大きな二人のその言葉を虎太郎はとても頼もしく感じていた。

「本当に? ありがとう二人とも」

 まずは身近なところで仲間を作ること。バスケ部の人間の協力は絶対必要になるはずだ。優しそうなこの二人ならきっと協力してくれるだろう。そう思っていた虎太郎の思惑通りにことが進んでいた。


 虎太郎に物心がついた頃にはすでに兄の伊吹はバスケの神童と言われていた。虎太郎が小学校に入った時、六年生だった伊吹は運動神経がよく器用で明るくてすでに学校でも人気者だった。特に先生たちからは「伊吹くんの弟さんね」と期待するような目で見られては何度声をかけられたものか。その度に友達からも「虎太郎の兄ちゃんすげえな」と言われては羨ましがられてどんなに嬉しかったことか。そんな尊敬する兄の背中を追いかけ虎太郎も八歳の頃にバスケットを始めた。身長や体格も平均的で兄ほどまでの才能はなかったものの虎太郎はバスケが大好きになりこつこつ努力してなんとかレギュラーにもなれた。中学校に入学してバスケ部に入りさらに活躍するだろうと期待されていた頃の九月二十日。兄の訃報を聞いてからは何もかもが変わってしまった。兄がいないのにバスケをする意味があるのだろうか、そう思ってしまった虎太郎はバスケを辞めて兄がなぜ死んだのかを探ることだけを考えるようになっていた。この若葉高校にも父親に頼んで一度だけ連れて来てもらったことがあった。忘れもしない、あの時父親が話しを聞いていたバスケ部のコーチが自分を見る目。それは以前のように伊吹くんの弟という存在を喜んで期待しているという目ではなく、自殺してしまった少年の遺されたかわいそうな弟、という目で見られたこと。それは虎太郎にとってとても辛くショックで哀しいことだった。


「ちょっとごめん。今の話、聴こえちゃって」

「え?」

 後ろから声をかけられた虎太郎が振り向いた。

「あ、っと、確か山田くん、だったよね」

「うん」

 すぐ後ろに立っていた山田がゆっくりと頷いた。若葉高校の制服はブラウンのジャケットにチェックのパンツなのだが、スポーツ特待生は赤いネクタイ、それ以外は皆紺色のネクタイをしている。山田は高校生にしては小柄でその見た目通り紺色のネクタイをしていた。

「みんなは特待生で各地方から来てるから知らないんだろうけど、僕みたいな地元の人間は多分みんな知ってると思うよ」

「なんだ、そうなのか?」

「そうか、地元の人間だったら確かにそうかもな」

 祐吾と小林が納得している様子の中、虎太郎は思わぬ収穫に目を輝かせていた。

「ねえそれってどんな話? やっぱりこっちでは大々的にニュースになった?」

 もちろんその事は虎太郎も父親もちゃんと調べていた。ネットでこの地域の新聞記事やニュースを調べればすぐにわかることだ。それでも一応虎太郎は山田に聞いてみた。

「うん。ニュースで見た。て言うか、それって三年前のことだよね」

「そう。僕たちが中学校一年生の頃」

「実は、この若葉高校ではね、前にも同じようなことがあったんだよ」

「は?」

「マジか」

「それ、どういうこと?」

 祐吾と小林、そして虎太郎は身をのりだして山田に注目していた。





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