第5話



 広いグラウンドの片隅にひっそりと遠慮がちに建っている平屋の細長いプレハブ。それが文科系の部活の部室が並んでいる建物だった。

 遠くからグラウンドで練習している生徒たちの声がかすかに聴こえてくる中、虎太郎は端からドアの前に書かれた部の名前を見ながら歩いていた。写真部、演劇部、クイズ部、文芸部、そして一番奥が目当ての新聞部になっていた。

「失礼します」

 虎太郎はノックしてからドアを開けた。

「すみません」

 中を覗くと四畳半ほどの狭いスペースの真ん中に机がドンと置かれていて、そこに人がひとり座っていた。

「お、何? もしかしてうちに入りたいとか? まさかな、はははっ」

 彼は虎太郎を見た瞬間立ち上がってそう言って笑っていた。その姿は到底新聞部の人間には見えなかった。虎太郎がイメージしていたのは頭も良く真面目そうな人。彼は真逆で髪は茶色でサラサラ、長い前髪からチラッと見える目は切れ長で背も高くスタイルもシュッとしている。パッと見はチャラい、そんな言葉が似合う人だった。

「そのまさかですけど」

「はあ!? マジか! うちは新聞部だぞ? 間違ってないか?」

「間違ってないです」

 彼は急いで首を横に振っている虎太郎の元へ駆け寄ってきた。

「言っておくけどな、新聞部は俺ひとりだ」

「えっ?」

「昨年は誰も入部しなかった。だから俺ひとりで俺が部長」

「はあ……」

「お前、名前は?」

「水沢虎太郎」

「コタロウ?」

「はい。虎に太郎でコタロウです」

「ふーん。まあ、とりあえず中に入れ」

「……はい」

 虎太郎は首を捻りながらも言われるがまま中に入り、促されるままパイプ椅子に座った。

「俺は三年の長谷川新之助だ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

 虎太郎は向かい合って座っている長谷川に頭を下げながら部屋の中を見ていた。壁に取り付けられた棚には新聞が山ほど積まれている。しかしどれも古そうに見えるのが気になっていた。

「ちょっと俺のこと呼んでみてくれる?」

「え、はい、長谷川さん……」

「違う違う! 俺は部長!」

「はあ、部長」

「おう、いいねえ」

 長谷川はニコニコと嬉しそうにしている。

「ほら、せっかく三年になって俺が部長なのにさ、部員がいないから誰にも部長って呼んでもらえないんだよ。虎太郎、だったよな、遠慮なく呼んでくれていいからな」

「……はい」

「でもお前珍しいな。なんで新聞部なんかに入りたいんだ? いや、俺が言うのもおかしいか。ははっ」

「……あの、新聞部って校内の新聞を作ったりとか」

「ああ、しないしない」

「何か取材とか」

「しないしない」

「じゃあ何を」

「うーん。俺が入った頃にはもうすでに何もやってなかったな。ちょっと前までは毎日スポーツ新聞を取り寄せて何かやってたらしいけど」

「スポーツ新聞?」

「ああ、うちがこんな学校だからほら、スポーツの情報とか集めてたんじゃねえか? よく知らねえけど、だいたいうちの学校の取材はちゃんとした新聞社がやってるからな」

 それを聞いて虎太郎はがっかりしていた。てっきり学内の取材をして校内新聞でも作っているのかと思っていたからだ。これでは新聞部だからと言って生徒や先生たちに話を聞くことも出来ないのではないか。しかも部長は妙に軽い見た目チャラ男なのだ。虎太郎はすぐに新聞部に入ったことを後悔していた。

「なんだよ、後悔したって遅いぞ。お前はもう新聞部で次期部長は決定だからな」

 やたらと勘のいい長谷川は虎太郎を見てニコニコしている。

「で? 新聞部なんかに入って何を知りたかったんだ?」

「えっ」

「こんな今どきマイナーな人気もない部に入ろうとするなんて余程の理由があるんだろ?」

「いや……」

「なんだ、言いたくなかったら別にいいけど。ここに来た時は輝いてた目が新聞も作らない取材もしないって聞いたとたんそんな顔されちゃな。何を期待していたのか俺だって気になるだろ」

「すみません」

「で? どうする? 本当に入るかやっぱやめるか」

「えっ、やめていいんですか?」

 虎太郎がそう言うと長谷川はため息をついていた。

「しょうがねえだろそんな顔されちゃ。無理矢理入部させる訳にはいかないだろ」

「すみません」

「運命だと思ったんだがな」

「運命?」

「ああ。偶然なのか新聞部の部長は代々名前が漢字三文字の奴が多いんだ。俺が新之助だろ。その前が健二郎でその前は竜太郎だったかな」

「へえ、珍しいですね」

「まあ、俺はそんなくだらないことはどうでもいいんだけどな。逆に興味があることだったらとことん調べるけど」

 その言葉を聞いて虎太郎は迷っていた。この長谷川なら、部長なら自分の味方になってもらえるかもしれない。そうなれば随分と心強いだろう。話しやすいし勘も鋭い。第一に三年生の知り合いは欲しいところだ。

「なんだなんだ。お前人を天秤にかけてるな? そんな目で見やがって」

「いや……」

 虎太郎は何も言えなかった。本当に勘が鋭い人だ。話してみるだけでもいいのではないか。そう思った時だった。

「ちょっと待て。俺は面倒はごめんだぞ。変なことに巻き込まれちゃたまったもんじゃない。お前が背負っているものは何か嫌な予感がする」

「そんな、さっきは理由を聞いたじゃないですか」

「いや、やっぱやめた。俺の勘はよく当たるんだ。お前に関わるとヤバそうだ」

「部長!」

「うっ、ダメだダメだ。お前は入部させない」

「そんな、部長、お願いします」

 長谷川は虎太郎の腕を掴んで虎太郎を部室の外へと引っ張り出した。

「もう来るなよ、じゃあな」

 そう言うと長谷川はプレハブの部室のドアをパタンと閉じてしまった。





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