第6話



「虎太郎、今日も行くのか? 新聞部」

 いつものお昼休みのこと。祐吾と小林は虎太郎を心配そうに見ていた。あれからというもの虎太郎は毎日放課後に長谷川のもとへ入部させてほしいとお願いに行っていたのだ。

「もちろん。部長は絶対頼りになると思うんだ。この前三年生の校舎で見かけたら部長の周りに大勢の人がいて楽しそうに笑ってた。明るい人だったから多分人脈も広いとみた」

「へえ、やっぱり三年生の知り合いは欲しいとこだよな。俺たちはダメだった。先輩後輩の壁が厚いんだ」

「体育会系はなかなか難しいかもな」

「そうだよね。ありがとうね、祐吾くんもコバにゃんも」

「まあ、俺たちは役に立たなかったけど頑張れよ」

「うん」

「もう少し時間が経てば何か情報が聞き出せるかもしれないし」

「うん、ありがとう」

 もう入学して一ヶ月が経っていた。虎太郎は人脈作りがいかに大変かを思い知らされていた。知らない街で知り合いもいない学校で先輩たちや先生たちと親しくなることがいかに難しいか。そう思うとやはり兄の伊吹を尊敬するしかなかった。伊吹は確かこの頃はすでに部活仲間とご飯を食べに行ったりしていた。自分はと言えば特に親しくしてるのは同じクラスの祐吾とコバにゃん、それに山田だけだ。普通に会話する友達はいるがまだご飯を食べに行ったり一緒に遊んだりするまでの仲ではない。そもそも祐吾とコバにゃんは部活で忙しいし。

 そんなことを考えながら虎太郎は放課後、新聞部の部室の前に立っていた。毎日こうやって部室の前で長谷川が来るのを待っていたのだった。それは放課後だけではなく日曜日やゴールデンウィークの休みの日もそうしていた。朝から自分で作ったおにぎりを持ってきて食べ夕方まで長谷川が来るのを待っていた。休日に長谷川が来ることはなかったが。

「おーい。お前もたいがいしつこいな」

 目の前に現れた長谷川があきれた顔をしながら虎太郎を見ていた。

「お疲れ様です」

 虎太郎が頭を下げると長谷川は虎太郎の前に立ったまま深くため息をついた。

「ったく。お前休みの日も来てただろ」

「えっ、ああ、はい」

「おかげで俺はゆっくり部室でくつろげなかった」

「部長、居たんですか?」

「来たらお前がそこにいたから入れなかったんだろ」

「そんな……いつもみたいに僕のことなんて構わず入ればよかったじゃないですか」

「あのな、俺は休みの日はひとりになりたくてここにきてんの。家じゃ弟たちがうるさいんだよ」

「部長、弟さんがいるんですか」

「ああ、まだ小学生の弟が二人」

「へえ、僕も小学生の頃高校生の兄がいました」

「知ってる」

「へっ?」

「知ってるよ。水沢伊吹、この学校の屋上から飛び降りて自殺した」

「なんで……」

 虎太郎が目を大きく見開いていると長谷川はまた深くため息をついた。

「どけ。こんな所じゃあれだ、入るぞ」

「あ、はい!」

 虎太郎は急いでドアの前から離れた。長谷川はすぐに部室の鍵を開けた。

「入ったら鍵、閉めとけよ」

「はい」

 虎太郎は言われた通りに部室に入ると鍵を掛けた。そしてテーブルを挟んで長谷川の前に座るとすぐに長谷川が話し出した。

「で? お前はお兄さんの自殺の原因を調べようと思った。なのになぜかバスケ部には入らずに新聞部に入ろうとした。それはバスケが出来ないからかそれとも何か他に理由があるのか?」

「いや、バスケはやってたから出来ないわけじゃないです。でもバスケ部のコーチとか皆が僕がちょろちょろしてたら迷惑だろうし、僕も気を使われたくなかったので」

「はん、そんな理由か」

「はい。バスケ部だと逆に調べにくいかなと思って」

「それで新聞部に?」

「てっきり取材とか出来ると思ってて。取材だったら伊吹の弟だって知られることもなく当時のことが聞けるかもしれないって」

「でも新聞部は何もやってなかった。なのになんで毎日ここに来るんだ?」

「それは……今のところ部長しか頼れる人がいないし、部長の勘の鋭さと人脈の広さが魅力的で」

「ははっ、まあ、オヤジが刑事だからな」

「えっ?」

「お、知らなかったのか? てっきり俺は刑事の息子だから近付いてきたんだと思ってたけど」

「知らないですよ! 本当ですか?」

「そんなん嘘ついてどうする」

「……刑事。じゃあ兄ちゃん、伊吹のことも」

「お前があんまりしつこいから調べた。三年前に自殺した生徒の名前を見てピンときたよ。それでオヤジにも聞いてみた。当時はオヤジもここに事情聴取しに来たらしいからよく覚えてたよ」

「それで? お父さんはなんて言ってました?」

「ああ、確かに遺書もなかったし当初は事故だと思った。でも事故らしい痕跡もない。あの屋上の塀には意図的に上るか誰かに無理矢理上らされるかしないと事故なんて起こるわけがない。それで結局屋上に置かれた靴のこともあって自殺と断定した。だから家族が、弟が納得いってない気持ちもわかる。って言ってた」

「そう、ですか」

 少し期待していた虎太郎は何度も聴かされた変わりない説明にがっかりした様子だった。

「けどな」

「えっ?」

 虎太郎は顔を上げ長谷川の目を見た。

「どうやらオヤジも納得はしてないらしい」

「な、なんで」

 長谷川は急に真剣な顔になり声を小さくして言った。

「いいか。まずお前があの自殺した水沢伊吹の弟だってこと、出来るだけ学校中に広めるんだ。そしてお兄さんの自殺の原因を調べてるってこともな」

 虎太郎は真剣な長谷川の目を見ながら黙って頷いた。





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