第27話



 それから変わったことも何もないまま若葉高校は夏休みに入っていた。何も出来ることがない虎太郎は実家に帰ろうかとも考えていたが、帰ったら帰ったで両親に今までのことを全て話さなければならない。まだ何もわかっていないし余計な心配しかかけないのではと思うと帰るのもためらっていた。

 そんな時だった。長谷川から連絡を受けた虎太郎は朝早くから指定されたファミレスに足を運んだ。学校の近くにもファミレスはあるのだがなぜかここは電車で三駅という離れた場所だった。

「おう、虎太郎」

「おはようございます」

「おはよう水沢」

 虎太郎は驚いた様子だった。長谷川の目の前には現在のバスケ部のコーチである安村が座っていたのだ。

「先生、おはようございます」

 虎太郎は安村に挨拶をすると長谷川の隣に腰を下ろした。

「悪かったね二人とも。こんなところまで来てもらって」

「いえ。逆に学校から離れているから安心ですよ。安村先生もそう思ったんですよね」

「まあな。学校の外でお前たちに会っているところを見られでもしたら部員たちに何て言い訳するかだからな」

 長谷川と安村が話していると店員がアイスコーヒーを三つ、テーブルの上に置いていった。

「ちょっと喉を潤すか」

「いただきます」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 安村と長谷川はそのまま、虎太郎は付いてきたガムシロップとミルクを入れてから三人はそれぞれストローをさしてアイスコーヒーを飲んでいた。

「猪又先生のご実家に行ってきたよ」

「はい」

「ありがとうございます」

 長谷川と虎太郎は姿勢を正し安村に注目した。

「猪又先生は亡くなられていたよ。二年前だ」

「はあ!?」

「えっ?」

「だから俺がバスケ部のコーチのことでいろいろと聞いた後だろうな」

「何があったって?」

「うん。ご両親の話しによるとあれから猪又先生はK市という所に引っ越したらしいんだ。ずいぶん田舎だと言っていた。近くに禁酒するためのリハビリ施設があるらしくてね。禁酒も順調に進んでご両親にもちょくちょく連絡入れてくれていたらしい」

「それで、どうして」

「事故だったらしい。またお酒を飲んでね」

「そんな、せっかく禁酒してたのに?」

「ご両親も驚いていたよ。まさかあんなに明るく元気に前向きになっていたのにまた飲むなんて信じられないってね」

「警察は? 何だって?」

「相当飲んでいただろうって。おそらく泥酔状態で運転を」

「ふーん」

「そういうことだ。残念な結果だったがお前たちのおかげで知ることも出来て猪又先生にお線香もあげることが出来てよかったよ。ありがとう」

「先生、このことは学校の誰かに言った?」

 長谷川は慌てるように身をのり出していた。

「いや、まだ誰にも。ちょうど夏休みだしな。今日これから部活に顔出すから犬飼監督には伝えておくか」

「待って先生。このことはまだ誰にも言わないでください」

「ん? まあ、別に急ぐこともないが、どうしてだ?」

「いや、ほら、犬飼監督も夏休みは忙しいでしょうから聞いたとしてもどうしようもないでしょうし」

「それに、夏休みで三年生は部活を引退して終わりです。監督には夏休みが終わってからでも」

 虎太郎も慌てるようにしながら安村に訴えていた。

「ん? ああ、まあ、それもそうだな」

「だから先生頼む。まだ誰にも言わないでください」

「わかったよ。よくわからんがそこまで言うなら三年生が引退して部が落ち着いてからにするよ」

「よかった、助かるよ先生」

「ありがとうございます」

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。お前らはゆっくりしていくといい。わざわざこんな所まで悪かったな」

 安村が立ち上がったのを見て長谷川と虎太郎もスッと立ち上がった。

「先生本当にありがとうな」

「ありがとうございました」

「じゃあな」

 安村を見送ると虎太郎は長谷川の前の席に座りなおした。

「殺られたな。猪又も」

「ですかね」

「くそっ。猪又も怪しいと思ったけど違ったか。残るは校長か。猪又は全てを知っていたから消された。そんなところだな」

「何を知ってしまったのですかね」

「犯人が知られたくないこと。それをまず菅谷誠が気付いた。彼は真面目な性格だったらしいから犯人に直接尋ねでもしたんだろう。犯人は自殺に見せかけて菅谷誠の口を封じた」

「そのことに気付いた兄も犯人と何か話したんですね。兄もきっと何かあったら問い詰めると思います。それで自殺に見せかけて殺された」

「虎太郎、よくわかってんじゃねえか」

「ここまでくれば、なんとなく想像はできます」

「あとは誰が何を知られたくないのかだな」

「鍵は生徒会の出納帳ですね」

「その消えたノートがどこにあるのか」

「部長」

「ん?」

「もしも兄がそれを見つけていたのだとしたら」

「……そのノートをどこかに隠すか?」

「おそらく」

「くそっ、またあのメールを最初から見直すのかよ」

 長谷川は頭を抱えていた。

「でも、兄が生徒会長になってからのメールだけ見ればいいですよね部長」

「あ、それもそうだな。よし、その前に腹ごしらえだ。虎太郎、なんか食うぞ」

「はい」

 長谷川と虎太郎はテーブルの上にある大きなメニューを開いて眺め始めた。





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