第38話
「同じように水沢伊吹も殺したのか?」
長谷川は怒りを抑えるかのように息をしながらゆっくりと話した。
「違う、あれは事故だろう。俺は何もしていない」
「事故?」
「ああそうだ。確かに俺は水沢伊吹を尾行していた。証拠を隠されたとなればなんとしてでも見つけなければならなかったからな」
「それで? 何があった?」
「水沢伊吹は生徒会の作業を終え夜の九時前に学校を出た。その足でホウライ軒というラーメン屋に入った。待ち合わせしていたのか友達と楽しく過ごしていたよ。店を出てみんなと別れた水沢は学校の前を通ると立ち止まって校舎の方をしばらく見上げていた。すると突然門をよじ登って学校に侵入したんだ」
「それで?」
「水沢は走って校舎に向かった。俺は忘れ物でもしたのかと思いゆっくり歩いて校舎に向かった。でももしかしたら隠したノートを取りに行ったのかもしれないとも考えた。だったら出て来るのを待とうとね。だがしばらく待っても出てこない。仕方なく校舎に入ろうとした時だ。何か妙な音がした。慌てて音がした校舎の裏に回ると水沢が倒れていたんだ。頭から血を流してね」
「そんな……」
「俺も驚いたよ。だが咄嗟に考えた。このままだとノートは見つかっていないし俺が学校に入るところを誰かに見られていたかもしれない。水沢に何があったのかはわからないが自殺に見せかけておけば俺が疑われることもないと。それで靴を脱がせて屋上に置いてきた。後は知っての通りさ。また運よく水沢伊吹も自殺と断定されたよ。はははっ」
「マジでふざけるなよ……」
長谷川の怒りは頂点に達したのかその声は少し震えているようだった。
「何が運がいいだ、何がおかしいんだよ! 人を見殺しにしておいてよく笑ってられるな? なんでだよおっさん、なんなんだよ! いつからおっさんはそうなっちまったんだよ! 昔は違っただろ? おっさんは優しくて、忙しい俺のオヤジの代わりによく遊んでくれてたよな? 運動会にもおっさんが来てくれたことがあった。オヤジの代わりに勉強もキャッチボールも教えてくれた。俺が幼稚園で怪我した時もおっさんが迎えに来てくれて病院までおぶって連れてってくれたじゃねえか! なあおっさん……あの頃のおっさんはどこにいったんだよ!」
長谷川は涙を流しながらそう叫んでいた。
「坊っちゃんに、お前なんかにわかるはずないだろう! 警察官になったものの出世コースから外れたただのしがない公務員の気持ちなんて、エリートまっしぐらの警部の坊っちゃんなんかにはわからないんだよ! 安月給で年下にこき使われて惨めな思いばかりしてきたんだ! こんな金があるところからちょっとくらいくすねても誰もなんともねえだろ! 俺だって必死で働いてきたんだ! 刑事として世のため人のために! 少しは俺だって、俺だって楽になりたいんだよぉ!」
岸谷もそう叫びながら泣いていた。泣き崩れて壁に背中をつけたままずるずると床に座り込んでいった。長谷川はそんな岸谷の姿を見ながらプレハブ小屋のドアをそっと開けた。
「よくやったな新之助」
長谷川が小屋を出ると外で待っていた父、長谷川警部は泣いている息子を抱き寄せた。待機していた警察官がぞろぞろと中に入り、岸谷には手錠がかけられた。父に肩を抱かれたまま長谷川はその様子をずっと眺めていた。
「ちょっと……」
警察官二人に連れていかれようとしていた岸谷が長谷川の前を通り過ぎると足を止めた。そして振り返って長谷川に言った。
「坊っちゃん……いつから私のことを疑っていました?」
長谷川は泣き腫らした目で岸谷を見た。
「最初っからだよ。オヤジにこの監視カメラのことを聞いた時におかしいと思った。だいたい二年も三年も学校に監視カメラなんてつけて捜査しないだろう普通は」
「私もそれを息子に指摘されるまで気付かなかったよ。この捜査はお前がてっきり上からの指示でやってると思っていたからな。息子に言われ調べたみたが誰も学校に潜入して捜査しろなんて命令は出していなかった」
「どうせあのノートを見つけるためか、校長がボロを出さないように見張ってたんだろう? 何かあったらすぐにわかるようにな。それになおっさん。おっさんが自分で言ったんだぞ。水沢伊吹の弟がいて兄の死のことを調べてると知ったら犯人は必ず接触してくるってね。接触してきたのはおっさん、あんただけだ」
「私がいつ……ああ、新聞部に」
「いきなり新聞部にもカメラを付けさせろなんておかしいだろう。俺たちが何を調べて何を話していたのかが気になって仕方ない気持ちはわかるけどな。それにあの手紙だ。残念だったがあの手紙を持ってきた時虎太郎は部屋に居たんだ。おっさん知らなかったんだろ」
「まさか」
「だからおっさんが虎太郎のアパートに来た正確な時間がわかった。後はその辺の監視カメラを調べるだけさ。虎太郎があそこに住んでいることを知っている人間は限られていたしな」
「ふふ……ははは……」
「何がおかしいんだよおっさん」
「はは、いやいや、坊っちゃんも実に立派になって。私は嬉しいですよ。ははははっ」
「連れて行け」
長谷川警部の言葉で岸谷は引きずられるようにしながら連行されていった。長谷川はその姿が見えなくなるまで黙って見つめていた。
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