奈切と百千

「僕だって、千年は生きてるんです。子供の一人や二人、いたっておかしくはないでしょう?」


 百千咲楽────本名、奈切咲楽。異才と畏怖された少女の正体は、奈切総一が実験的に創り出した存在であった。


「モモちゃんはすごいんですよ! 僕の『不滅の妖術』を不完全ながらも引き継いでくれた自慢の娘です!」


 咲楽の肉体は人間と同様に成長し、朽ち果てる。しかし、一度朽ち果てた肉体は、彼女の人格と記憶を引き継いだまま逆行を始めるのだ。


「お婆さんになったら、次は赤ちゃんになって、またお婆さんになる。彼女はそうやってグルグルと循環を繰り返しながら、僕と共に長い時を生きてくれました。ある時は陰陽師として、またある時は祓刃隊員として。そして、ある時は父親想いの良い娘として、僕に降り掛かる火の粉を全部彼女が払ってくれたんですから」


 奈切はそれを、いかにも美麗な思い出であるように語った。


 対して、鋼一郎が抱いたのは底知れない嫌悪感だ。聞いていて、ここまで耳が腐ると感じた話があっただろうか? 吐き気がこみ上げ、脳が情報の上書を拒否した。


 だからこそ、鋼一郎はそれを強く否定する。


「嘘だッ! 適当こいてんじゃねぇぞッ!」


「嘘じゃない。サクラちゃんは僕の可愛い娘さ。ほら、目元とか、鼻の形とか、ちょっと似てると思いませんか?」


「そんな戯言、誰が信じるって言うんだよッ! だいたい、咲楽教官を殺したのは、テメェじゃない。あの腕の妖怪だったろうがッ!」


 それは鋼一郎が自分の記憶の中から見つけ出した、唯一の反論材料だった。だが、奈切は、それさえも嘲けてみせる。


「あっ……そっか、君らはまだ知らないんでしたっけ?」


 奈切が自分の両腕を交互に軽くなぞったなら、そこから黒い金属質をした外殻が彼の腕を覆っていく。

 鋭利さと堅牢さを併せ持つ外殻に覆われた腕。それは鋼一郎の記憶にあった、あの腕をそのまま奈切に嵌まるようスケールダウンしたものだった。


 造形術によって構築されたそれは、大きさも遠隔操作も思いのままの手甲である。


「殺した理由も単純。サクラちゃんが僕を裏切ったから。ちょうど君が彼女に拾われた頃でしたっけ? あの頃から、僕は不信感を覚えるようになって、試しに盗聴器を仕込んだんです。妖術由来の物だと気配で勘付かれるから、小さな備品に紛れ込ませてね」


「黙れよッ!!」


 鋼一郎が吠える。


「そうしたら見事にビンゴっ! 僕だってすごーくショックだったんですよ。……けど僕だって、死にたくはないんでね。訓練生と一緒ならサクラちゃんは、最優先で君たちを守るでしょうし、〈アカツキ〉の武装と出力で壊せない固さに外郭を設定しておけば、機体を自爆させてでも勝ちに来るのがサクラちゃんです。だから、あとはタイミングを見計らって遠隔操作で機体の脱出機構をロックすれば……まぁ、こんな感じですね!」


「黙れ……黙れよッ! それじゃあ、まるで咲楽教官の命が、ずっとテメェの都合がいい様に弄ばれてたみたいじゃないかッ!」


 鋼一郎が強く吠えた。


 自分が脳と瞳を使い潰してまで追い続けた真実が、ここまで胸糞の悪くなるようなものだとは思ってもいなかった。


 だからこそ、それを否定するため、犬歯を剥き出しに強く吠える。


「おかしいですね、君はずっと僕を探していたのでしょう。仇であるこの奈切総一を。だったら、もっと喜ぶべきじゃ……あっ、そうか! 分かりましたよ、君が怒っている理由が! いやぁ、やはり多弁は僕の悪い癖です。君は僕が初めの質問に答えてくれないことに怒っていたんですね」


 違う。そんなこと、今はどうだっていい。


 妖怪である白江や、自分を殺そうとした梨乃と分かり合えたように、奈切ともどこかで分かり合えるのではないか? 鋼一郎はいつのまにか、そんな期待を抱いていた。


 だが、淡い期待は一瞬で水泡と化す。目の前に立つ絶対悪。奈切総一は紛れもない敵だ。


「では、ネタバラシです! 僕がここに居る理由! 気になる内通者の正体とは!」


 奈切の指先が鋼一郎の胸元へと。


 そこに付けられた徽章へと向けられる。


 恩師の形見として鋼一郎が絶対に手放そうとしなかった、あの溶け落ちた徽章だ。


「それなんですよ、僕がサクラちゃんに仕込んでいた盗聴器って。つまりはですね。数日前に、幸村の仲間を全部潰せたのも! 僕が今日ここで、君たちを全部まとめて一網打尽にできるのも! 全部はサクラちゃんと、その形見を大事にしてくれた君のおかげなんですよ。──内通者、克堂鋼一郎くん!」

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