敗北と転調

 二対の刃を砕いても尚、迫る大槌の勢いは止まらない。


 その直撃にぶん殴られたムラクモは薄っぺらなガレージの壁を突き破り、鋼一郎たちを乗せたまま外へと投げ出された。


「がぁぁぁッ!!!」


 両腕を痺れと激痛が同時に襲う。大槌を受けた衝撃はこれでも飽き足らず、機体内を伝播。ついには操縦桿を介して鋼一郎にまでたどり着いたのだ。


 もう、まともに操縦桿を握る事はできなかった。摩耗した両足関節が踏ん張りを利かすよりも早く、コアブロックとの接合部から千切れ飛ぶ。


 ここは湾岸地域に放棄された廃工場の一つ。


 その薄壁を突き破り、ムラクモが投げ出された真下には深緑に汚れた海面が広がっていた。波は忙しなく押し寄せ。コントロールを失った機体はただ落ちることしかできない。


「しまっ──」


 鋼一郎の視界がガクンと揺れる。


 着水の衝撃で額を思いきり、モニター画面に打ち付けたのだ。割れたスクリーンの細かい破片は傷口に喰い込み、またも意識が混濁の闇へと落ちかける。


 水没するムラクモのコクピットからはブクブクと気泡が漏れた。中破した機体では海上に這い上がれる術がないの今、ここは閉ざされた鉄の棺桶に他ならない。


 クソッ! こんなところで死ねるかよッ!


 そう吠えようとしても、うまく呂律が回らない。


 死ねない。死にたくない。


 這いずり上がる理由はいくらでも思い浮かんだ。それなのに手足は脳震盪で痙攣するばかりで、思うように動かない。


 意識だけが光から遠のき、深い闇の底へと落ちていく──その最中。鋼一郎の五感が感じとったのはゾワりとした寒気だ。


 最後は、よりにもよって妖怪と心中だなんて。いよいよもって、笑えなかった。


「……お前さんの全て、十分に見せて貰ったぞ」



 薄れゆく意識の中。白江がじっと、鋼一郎を見下ろしていた。


「悪いが、お前さんにはまだ死んでもらうわけにはいかないんじゃよ。百千桃の再来──克堂鋼一郎よ」


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