氷河造術とアヤカシドライブ

〈クサナギ〉の開発過程には、数多の問題が立ちはだかった。


 前代未聞のB・U専用機として、カメラ性能の強化や専用ヘッドセットの開発はもちろんのこと、もう〝二つ〟どうしようもない問題に直面する。


 一つは圧倒的な出力不足。既存のエンジンを組み込んでも、〈クサナギ〉の出力は開発陣の求める数値に届かなかった。


 もう一つは圧倒的な白聖鋼不足だ。


 妖怪にとって猛毒になり得る白聖鋼は否が応でも、使いたい素材である。しかし、その入手ルートの確立することがどうしても出来なかったのだ。


 仙道が引き抜いたメカニックたちの中には、白聖鋼を加工するノウハウを持つ人間も当然含まれていたが、そもそもの物がなければ話は進まない。


 だが、そんな問題を解決したのは、意外にも白江の零した何気ない愚痴であった。


「むむ……いっそワシの有り余る妖気を、エンジン出力に転用出来たらよいのじゃが」


 その一言から、妖気エネルギーを出力へと転用できる新たなエンジン「アヤカシドライブ」の開発。そしてエンジンに合わせた内部フレームの設計が見直されることになった。


 目には目を。歯には歯を。妖怪には妖怪を。────目指したのは、白聖鋼を持たずとも奈切を打てるだけの決戦兵器だ。


 そうして完成された〈クサナギ〉には、廃工場で回収された二対の折れた夜霧をつなぎ合わせ大太刀、夜霧・改以外に、一切の白聖鋼が使用されていない。


 人間と妖怪の「同乗」を前提に完成された前代未聞のモンスターマシーンである凱妖機は、それで十分敵を殲滅し得ると判断されたのだから。


 ◇◇◇


「のう、梨乃よ? 勝ちを確信するのはまだちょーっと早いんじゃないか?」


 鋼一郎の背後。そこにずっと乗り合わせていた白江は、大胆不敵に笑みを浮かべる。


「なッ……なんで、お前がそんなとこに乗ってんだよッ⁉」


「何を驚く? この〈クサナギ〉は凱妖機。鋼一郎(人間)とワシ(妖怪)が共に戦うための力じゃぞ!」


〈クサナギ〉の双眸が光を取り戻す。


 鋼一郎もヘッドセットを付け直し、キックペダルに体重を乗せた。


「なぁ、白江。ここまでネタバラシをしたんだ。例のアレを試してみてもいいよな?」


「当然! これはワシら二人の初陣じゃ。ド派手に勝たねば拍子抜けもいいところじゃぞ!」


 突き出した両腕の装甲がスライドし、曝け出された排気口からは、白江の冷気が漏れ出した。


「「氷河造術(ひょうがぞうじゅつ)」」


〈クサナギ〉のエンジンに白江が余剰な妖気エネルギーを流した場合、機体は内部からの爆発を防ぐため、即座に不要なエネルギー排出する安全装置が設けられた。


 この安全装置の冷気放出機能こそ、〈クサナギ〉に不足していた決戦能力を補う最後のピースなのだ。


「させねぇ! 二番ッ・長槍ッ!」


「「冷表壁(れいひょうへき)ッ!」」


 白江の冷気は空気中の水分を瞬時に凍結。クサナギの全面を覆い隠すよう、氷のバリケードを形成し、迫る長槍を阻んでみせる。


「この馬鹿みたいに分厚い氷は、白江の……ッ!」


 白江の妖術に手数の多さや応用力はない。それでも内包する妖気エネルギーの総量と一芸に特化した術の練度は、他の妖怪の追随を許さずにいた。


 B・Uのポテンシャルを極限まで引き出し、妖術さえも操るのが、ピース同士の噛み合った〈クサナギ〉本来の性能である。


「「さぁ、反撃開始といこうじゃねぇか!」」


〈クサナギ〉の剛腕は、両足に巻き付いた鎖を引きちぎり、立ち上がる。夜霧・改と鞘を両腕に梨乃と対峙した。


「忘れんな……アンタがアタシの妖術を知り尽くしてるように、アタシだってアンタの氷遊びくらい全部知ってんだよッ!」


 梨乃の尾からも武器が消える。代わりに武器の形を維持し続けていた妖気エネルギーの余力が尻尾の先端に集中した。


「「氷河造術・飛斬(ひざん)ッ!」」


「紅蓮操術・弾ッ!」


 刃を振ることで発生する風圧に冷気を乗せて放つ斬撃──飛斬。


 高密度に圧縮した業火を放出する──弾。


 互いの妖術はほぼ互角だ。炎によって氷は蒸発。視界は吹き上がる高温のスチームによって覆い隠される。


 それでも、一面が白に塗り潰された世界で、梨乃は火種を大きく広げていた。


「……紅蓮操術・幕」


 広範囲を覆いつくす炎ならば、白江がどんな形の氷を作ろうと溶かしてやれるはずだ。


 妖気エネルギーの残量と妖術としての練度を競うのなら、軍配は白江に挙げられるだろう。しかし、相性でいえば有利なのは梨乃の方なのだ。


 炎で氷を溶かしてもいい。崩壊で完成された氷の分子結合をグチャグチャにしたって良い。


 小賢しい白江の性格なら自分が誰より知っている。


 作り出す氷の種類とその性質もすべて知っている自分なら、彼女に勝てる。と、揺るがない自信を抱いて口元を緩める。


「アタシを舐めるなよ」


 だが、彼女は気づいていなかった。自らが牽制のために広げた業火のカーテンが自分の視界を遮る目隠しになっていることに。


「────俺たちを舐めてんのは、テメェのほうだろッ!」


 鋼一郎の咆哮が空気を震わせた。


〈クサナギ〉の刃は横一文字に切り裂くだろう。凱妖機の装甲は赫灼の炎さえ通さない。焔の中を突っ切って、鋼一郎は彼女の喉元へと蒼白に輝く刃を滑り込ませた。

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