二振りと抜刀
一面の氷がソラナキ式とムラサメの間に割り込んだ。凍てつく冷気は、脈打ち続けたエンジンさえも止めて見せる。
「『誰かを護れるようになりましたかね?』だと───それを確かめるのは他の誰でもないお前さん自身じゃろうがッ!」
誰かがその怒号と共に鋼一郎の頭をひっつかむ。振り返ると、白江が瞳いっぱいに涙を溜めてジッとこちらを睨んでいた。
常に笑みを絶やさず、強くあり続けよとした彼女が涙を流して、こちらを睨みつける。その鼻からは血もダラダラと垂れていた。
「……白江、それ」
「何じゃ、この程度が気になるのか? ようやっと妖気が回復した矢先にどっかのアホ一郎が死にかけておたんじゃぞ。不得意な妖術の治癒でお前さんの脳を強引に直したせいで、また気絶するところじゃったわ!」
白江は「それよりも」と鋼一郎の血まみれになった顔を強く拭う。自らが潰した右目を見て、すべてを察したのだろう。
「……ワシがお前さんに無茶をさせてしまったのじゃな……すまぬの」
「まて、違うんだ! それにお前に無茶をさせてしまったのは俺の方で、」
「ふっ。ならお互い様みたいじゃの。重症なのはお前さんの方じゃがな」
白江は涙を拭い、哀愁を滲ませながらもいつものように微笑んで見せた。
「──あのぉ、誰か忘れちゃいませんかね?」
氷によって築かれたバリケードはいとも容易く融解する。恐らく、紅蓮操術の熱だけをソラナキ式に纏わせたのだろう。その外殻は赫灼に染め上げられていた。
多少のダメージこそあれど、ソラナキ式は妖気エネルギーの形成物だ。加えて不滅の妖術をもってすれば破損部の修復も容易い。────奈切総一は未だ健在である。
「十分経っちゃったみたいですね……それに鋼一郎くんの動きが変わったのは、B・Uの症状が変化した言ったところでしょうか? ……未来予知。あるいは、それに限りなく近い何かでしょうね」
奈切が静かに構えを取った。
「早急に決着を付けなければ」
「千年氷楼閣」と「超並列演算処理能力」の両方を警戒し、笑みを絶やした奈切に隙はない。
「ッ……!」
「頭に血を登らせるでない」
再び操縦桿をキツく握りしめた鋼一郎の手に、白江がそっと指先を添えた。彼女の冷ややかな体温が鋼一郎を優しく抱きとめるだろう。
「のう鋼一郎よ……一人で握る刃で守れるものなどたかが知れておるのだ」
彼女は鋼一郎の上から操縦桿を強く握りしめる。
「じゃが、〝ワシら〟ならどうじゃろうか?」
白江の氷は大破したムラサメの欠損個所を補った。凱妖機は氷に支えられ、もう一度だけ立ち上がる。
「……そうだな。俺たちならやれる。なんだってやれるはずだッ!」
二人は妖気エネルギーを残された左に集約させる。
「「来いよ、奈切総一」」
渾身のカウンターキック狙い。
「フっ……」
妖気エネルギーの凪ぎ方を見れば、奈切にはその魂胆を容易に見破ることが出来た。
「馬鹿の浅い考えなんですよッ! そんな安い挑発にどうやったら、乗れるのか? 逆にご教授願いたいッ!」
奈切が両腕を前に突き出した。その先端で妖気エネルギーを極限まで圧縮する。梨乃の胸を貫いた、あの熱線を放つつもりだ。
「安い挑発か……少なくとも、アタシは乗るねッ! 変化術・九々八十一式。五番・砲筒ッ!」
宙に向けて放たれたのは、超火力の妖力砲だ。
轟音と閃光が奈切から五感のうち二つを奪い去るだろう。大技を空撃ちにしなければ作れなかった隙には、九番の鎖が容赦なく伸ばされる。
「……なっ、なぜ、貴方がッ!」
九番・鎖に付与された『妖術』は必中。そして奈切が強く警戒していた拘束系の武器でもあった。
「貴方は胸を白聖鋼で貫いたはずッ⁉」
奈切の背後に立つのは、九つの武器を携えた犬飼梨乃であった。
「あぁ……それか? それなら単にアタシも勤勉なだけって話だよ。凱機をバラして対策を練ってきたんだ。白聖鋼の対策だって考えてるに決まってるだろ?」
彼女は貫かれた自らの胸元を強く握りしめていた。その指先は雷電操術による微弱な電圧を帯びる。
白聖鋼の毒性はテトロドトキシンを参考に奈切が作り上げたもの。テトロドトキシンに有効な解毒手段が存在しないように、その毒性を寄り殺戮に特化させた白聖鋼の解毒も不可能であった。
ならばいっそ体内からの毒物排除と治癒を諦め、麻痺した呼吸中枢と再生した心臓を電圧によって無理やり動かしてしまえば良いだけのこと。
「なぁ白江、それに鋼一郎! アンタらの『たち』ってのにアタシも混ぜてくれよッ!」
梨乃は以前に三柱の玉がなくともや代替案があると言っていた。それが彼女の奥義にある。
「変化術・九々八十一式・終式零番」
展開された九つの武器を一つに集約し、そこへ自らの妖気エネルギーを加算することのできる零番。しかし梨乃は今日に至るまで、肝心な武器のカタチを決めかねていた。────だが、いまならば一切の迷いもなくそのカタチを選ぶことが出来るだろう。
「受け取れッ! 二人ともッ!」
それはムラサメに合わせ形成された二刀一対の大太刀だった。
円月刀のようにしなやかな曲線美と怪しさを描くのは妖怪と白江を象徴する一振り。
出刃包丁のように荒々しく危うさと頑強さを秘めた人間と鋼一郎を象徴する一振り。
「あぁ、しかと受け取ったとも……行くぞ、鋼一郎ッ!」
「さぁ、奈切ッ! これが正真正銘ッ、俺たち三人の……いやッ! お前と戦った皆の最後の一撃だッ!」
白江の妖気エネルギーを蓄積した左で強く踏み込む。踏板(キックペダル)はベタ踏みに。その刃にすべてを乗せた。
「「二振りッ────抜刀ッ!」」
振り切った二対の大太刀は奈切を覆うソラナキ式ごと横一文字に切り裂くだろう。
そして返す刃が奈切を十文字に叩き切る。
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