鋼と鋼

 背後から現れた鋼一郎のムラクモは、謎の凱機を捕捉すると同時にブースターユニットを吹かせ、その場へと組み伏せた。


 第三世代以降の凱機には操縦補佐用のAIが積まれている。


 どうしたって凱機の複雑な挙動を二本の操縦桿とキックペダルで制御するには限界があった。それを解消するために導入されたのがAIであり、操縦者の癖や傾向を学習、そのデータを各部のバランス調整や姿勢制御などのアシストを行うのだ。


「そのまま抑え込めッ!」


 鋼一郎は端末のスイッチを弾く。


 十分なデータを蓄積したAIならば、手にした端末を介して単純な命令を与えることもできた。簡単に言ってしまえば遠隔操作のラジコンのようなものだ。


 抜け出そうともがく凱機を傍目に、鋼一郎はムラクモの背へとよじ登る。振り落とされそうになるのを、必死にこらえながらのコックピットへと繋がるハッチに手をかけた。


 組み伏せるだけなら簡単でも、やはり暴れ続ける凱機を遠隔操縦だけで長期間抑え込むには限界があった。鋼一郎がその体をコックピットに滑りこませるとほぼ同じタイミングで、凱機は強引にムラクモの巨体を押しのける。


「ぐっ……!」


 体勢を立てないしながらも、ムラクモは腰部のブレードへと手をかけた。そのまま一歩、また一歩と後方へ下がり、凱機の注意を引いく。


 まずは被害の少ない場所まで、敵を引きつけなければ。


「目標、所属不明の凱機……これより目標をアンノウンと仮定。鎮圧するッ!」


 エントランスから離れたホテルの駐車場で、その真っ白な刀身を抜き放った。そのまま間合いへと踏み込み、ブレードを振るう。


「───抜刀」


 アンノウンも機銃を捨て、新たに抜き放ったブレードで鋼一郎の刃を受けた。サバイバルナイフのように短かなブレードもまた、鋼一郎の見たことのない代物だ。恐らくは狭い場所で取り回し性能を重視した、この凱機だけのオリジナル武装か。


 二機がぶつけ合った刀身は互いに「ヂヂヂ……」と耳障りな音を立て、火花を散らした。


 さっき押し返された手ごたえで、大まかなアンノウンの馬力は掴めている。


 あの機体も恐らくはムラクモと同じ、第三世代の凱機に相当する。差異は装甲を何枚も重ね防御性能を強化したムラクモか、敢えて装甲を捨て機動性を強化したアンノウンか。二機の馬力はほとんど同じに思われたが、


「負けるかよッ!」


 鋼一郎はキックペダルを強く踏みにじる。


 確かに同じ第三世代同士の凱機なら、馬力はほとんど同じ。刃物同士で打ち合ったなら拮抗状態が続くだろう。しかし、あらかじめ機体のリミッターを外してある鋼一郎のムラクモは違う。


 エンジンの鼓動もそこから生み出される馬力も、アンノウンを一回り上回る。


 ムラクモの握った夜霧の刀身がナイフへと食い込み、その刀身を力任せに砕く。そこですかさず鞘から鋼一郎は二本目の刃を引き抜いた。


 二振り抜刀───崩したガードをさらに、済し崩す。


「無力化してパイロットを引きずり出してやる!」


 野郎が何を考えて、こんな真似をしたのか? 鋼一郎はそれを問いたださなければならなかった。


 防御を取ろうとするアンノウンの予備動作も鋼一郎の目にははっきりと見えている。


「エンジンを潰せば、テメェも止まるだろッ!」


 この距離ならば、その動きが見えるだけで十分だ。大きく夜霧を振り上げ、アンノウンのコアブロックに刃を打ち下ろす。


 薄っぺら一枚の装甲にこれを防ぐ術はない。その場に崩れるアンノウンをモニター越しに確認した鋼一郎は肺に溜った空気を絞り出す。


「うっ……」


 腹に銃弾が入ったまま操縦するのにも無理があった。下腹部から足元にかけて血でべっとりと染まり、危うく貧血症状を起こしかけた。


 部屋の襲撃からここまで、B・Uによってもたらされる動体視力に頼りすぎたのもマズかった。その負荷が畳みかけ、頭も重ければ、目元の筋繊維がジクジクと痛む。


 なんにせよ、無茶を重ねたのは事実だ。一瞬でも、その目を休めようとシートに深く持たれたときだった。


 アンノウンの単眼に再び、赤い光が灯る。コアブロックの装甲がひしゃげるような一撃を受けながらも、地べたを這いずるような動きで再起動したのだ。


「なっ……!?」


 とどめが浅かったか。最悪なタイミングで虚を突かれた。アンノウンは機体内部に格納された予備のナイフを手に、ムラクモへと刺突する。


 刀身こそ短いが、その切れ味に何ら遜色はない。刀身が爆音を鳴らすのは、近年主流となった近接武装である斬月と同様に、この刀身にもチェーンソーの機構が仕込まれているからだ。


 近接において要ともいえる脇腹から腰に掛けてを、高速回転するナイフの切っ先に抉られた。どす黒く噴き出したオイルは鮮血のようにあたりへと飛散する。


「野郎ッ……やってくれるじゃねぇーか」


 アンノウンの単眼が膝を付いたムラクモを見下ろす。それは無機質で機械的なカメラアイのくせをして嘲笑のようなものが含まれていた。


 野郎のパイロットも、腹の中で嗤ってやがるのか。それが鋼一郎の闘争心をさらに焚きつけた。


「今度こそ止めてやるよッ!」


 立ち上がるムラクモ。しかし、アンノウンは夜霧の間合いよりさらに深く。両肩をすぼめながらにナイフの間合いにまで踏み込んだ。互いの装甲同士が掠れあうようなゼロ距離では、ムラクモもその双刃を振るえない。


 再起動したアンノウンの挙動は格段に洗練されていた。あきらかにムラクモの二刀流へ対処した立ち回りに変化している。


 鋼一郎がそれに気づくと同時に、今度はナイフの銀閃が足と胴をつなぎ合わせる関節へと食い込んだ。関節同士を覆うシーリング材を引き裂き、電送系を断つ。


「………しまった!?」


 アンノウンの装甲に阻まれ、顔も見せないパイロット。


 鋼一郎には、「野郎も自分と同じだ」と今の挙動で確信できた。途端に動きがよくなったのも、それが原因だ。脳の一部から制限が取り払らわれたBUの発症者。自分のように動体視力が並外れているのとも、また少し違う。


 ───こちらの戦い方に順応するようなものか?


 ムラクモは腰と片足が使い物にならず、鋼一郎も貧血とBUの負荷で倒れる寸前。このままさらに動きが洗練されたアンノウンとやりあっては、勝ちの目もない。ならばいっそ、


「イチかバチかってやつだな」


 双肩のブースターを百八十度反転し逆噴射。動かなくなった足の代わりに強引な推力で再度間合いを取ろうとすれば、当然アンノウンだって追ってくる。自分にとって有利なこの間合いを譲りたくないのだろう。


「逃がさない」そう言いたげにアンノウンもまたブースターを鋭く吹かした。


「……あぁ、それでいいぜ」


 ムラクモが左手に握りしめた夜霧をその場へと捨てた。フッと力が抜くように、マニピュレータから、なんの躊躇もなく武器の片方を手放したのだ。


 操縦桿から指を離せば、機体は気だるげに排熱口からは真っ白な蒸気を溢れさせる。


 想定外の挙動にアンノウンも足を止めた。鋼一郎の見立てが正しいのなら、これが一番効果的なはずだ。


 アンノウンのパイロットが鋼一郎の二刀流に順応したというのなら、その眼前で堂々と立ち振る舞いを変えてやれればいい。これなら順応もクソもないはずだ。


 ムラクモは残した刃を両腕でしっかりと握りしめ、地面を蹴り出す。


 二刀流から一刀流へ。順応されるよりも早く、そして鋭く───その蒼白に輝く刃を、足を止めたアンノウンへと振り下ろした。

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