妖怪対峙は鋼の如く! 

ユキトシ時雨

プロローグ

妖怪を斬るは鉄機兵

 妖怪────それは人に仇をなす異形の総称。妖怪が引き起こす、窃盗、殺人、器物破損など、そうした被害は現代でも絶えることがなかった。


 二〇二〇年、日本政府は妖怪対策局・祓刃を新設。六メートル級ヒト型装甲兵器────凱機を用いて全ての妖怪駆除にあたることを表明した。


・ 二〇二五年 七月二十日 午前零時 

・ 東京都 柄沢市・呉ノ通り


 誰かに護られるより、誰かを護れるような人間になる。───閉ざされたコックピットの中で、克堂鋼一郎はそう決意を固めていた。


 ビルの間を縫うように脚を進めるのは、人の形を模した巨大な鉄塊の群れである。


 鉄塊は全部で四つ。どれもが操縦席とエンジンを内包したメインブロックから、シーリング材に覆われた関節部を介して、無骨な両手足が接合されている。


 そのシルエットには、ところどころに鎧武者のデザインが参考にされているのだろう。腰部には日本刀状のブレードを備え、両肩には平板上の加速装置も搭載されていた。分厚い装甲を着込んだ機械仕掛けの一個小隊。凱機の隊列である。


 機体名は〈アカツキ〉。翡翠色をしたツインアイの双貌が夜闇の中に煌めいた。


 正面のモニター画面には、ライトによって照らし出されたアスファルトと、先頭を行く機体の背面ばかりが映し出されている。


「俺もこの実戦訓練で結果さえ出せれば……」


 操縦桿を握る鋼一郎の指先にはどうしても力が入っていた。踏板(キックペダル)に乗せた足がそわそわとして止まないのは、緊張感よりも高揚感が勝るからだ。


 鋼一郎を乗せたアカツキは無意識のうちにその足取りを速めていた。


 《こら! 鋼一郎訓練生。隊列を乱さない》


 通信機から聞こえる声は凛としたものだった。


 刺すような指摘と共に、鋭い目つきの隊員がモニターへ表示される。鋼一郎よりも少し歳上の少女だ。


 だが、彼女の表情には十代らしいあどけなさが一切ない。それが美人であることにも相まって、纏う雰囲気は一層に大人びたものになっていた。


「げっ……桃教官……」


《蛙が潰れたときみたいな声も出さないの。それから、今は訓練場の敷地外。だから桃教官ではなく、百千(ももち)一級と、階級の方で呼ぶように》


 濡羽色の髪をかるく振り払い、彼女は鋼一郎をギロりと睨む。


 百千桃。画面に映りこんだ彼女の襟元には祓刃隊員の証たる、ツバキを象った徽章が留められていた。


 一方で、鋼一郎の襟元になんの徽章もない。代わりに着込んだ防護プロテクターには訓練校での学籍番号が刻まれていた。


 隊の先頭を率いるのも彼女の凱機。通信能力を強化するための大型化されたツノ型アンテナと、通常は両肩に二基ずつしか備えないブースターユニットを、脚部にも二基ずつ増設したカスタムモデルだ。


 その後ろに鋼一郎ら訓練生の操縦する三機が続いて列をなしている。


「はい、はい。すべては百千一級様の仰せのままに……って感じっすか?」


《茶化さないの。その不真面目な態度は減点対象よ?》


「フン、そんな減点、構いやしませんよ。今日の訓練でそれ以上の結果を出せばいいだけの話っすから」


 外出禁止令(ロックダウン)の敷かれた街に一般人の姿はない。鉄柵同士を組み合わせたバリケードを器用に避けながら、〈アカツキ〉の隊列は街を巡回する。


《あのね……事前に説明したと思うけど、この実戦訓練の目的は、あくまでも前線の空気感を肌で感じてもらうだけのもので、君たち訓練生の役割は私の後方支援なんだから》


 桃は敢えて「実戦訓練」と「後方支援」の二つのフレーズを強調する。出撃前に行われたブリーフィングの時だって彼女は同じように、特に鋼一郎へは強く釘を刺していた。


《で、返事は?》


「……了解であります」


 けれども、釘を刺された本人が不満を抱いているのも、確かだった。


 妖怪から武力をもって市民を守る祓刃隊員───その資格を得るには訓練校で学び、十六歳より実施される凱機での実戦訓練で経験を積まなければならない。


 しかしながら、最初の実戦訓練の内容は、『危険度の低い妖怪を探し出し、現場監督を務める正規隊員の指示のもと駆除に当たる』という簡素なもの。


 実戦訓練は訓練生の自分でも手柄を立てられるチャンスだというのに、それで終わりでは呆気がなさすぎる。それも桃機の後ろから支援をするだけなんて、これでは普段の戦闘シミュレータ―を用いた模擬訓練の方がよほどハードに思えた。


 祓夜に志願する若者の割合は、妖怪によって親を奪われた孤児や、大切なものを奪われた者がほとんどだ。そうした重いものを背負う若者ほど、早く正規の隊員になって結果を出したがる。


 隊列を組むほか二名の訓練生だって、口にこそ出さないが思っている不満は鋼一郎と同じはずだ。


「お言葉ですけど、百千一級。俺たちのパイロット適正と戦闘シミュレーターの結果はどっちも九十点越えですよ。他の訓練のスコアだって、一級には及ばずとも、そこらの隊員と同じくらいは、」


《つまり後方支援は不満ってこと? あんなゲームまがいのシミュレーターで出た結果なんて、実戦じゃ何の参考にもならないわよ。あれは所詮はお遊びみたいなものなんだから》


「んじゃ、日々の馬鹿みたいにキツい訓練にはなんの意味が? グラウンド百周を三セットって、マジで正気の沙汰じゃないっすからね」


《……さぁ、無駄話はおわり! 妖怪は夜間にこそ活発になるの、そこの路地からいきなり飛び出してくるなんて可能性もあるんだから!》


「あっ! 今、誤魔化しましたよね!」


《これ以上の私語は減点だから。発言には注意せよ!》


 桃がそう話を区切ろうとした時だ。増設されたアンテナが何かの反応を捉えた。


 情報は桃機より他の三機にも共有され、鋼一郎のモニターにも怪しげな信号の赤が灯る。


《……ターゲット捕捉! ……総員、戦闘配備!》


 反応があったのは正面に聳えるビル同士の狭間。おそらく標的はその奥に潜んでいるのだろう。隊列は桃機を中心に、扇状の陣形を組んだ。


《ターゲットの姿がこちらから見えない以上、危険度も分からない……私が炙り出すから勝手なことはいないように》


 彼女は素早く、機体に懸架された突撃機銃を構えさせた。照準を合わせると同時にトリガーを引き絞れば、止めどなく対妖怪弾が蹴り出される。


 眩い発砲炎と二十ミリ口径の機銃は途切れることを知らない。降りかかる実弾の雨に、標的もたまらず飛び出てきた。



 異様に長い手足と、頭部からは曲がりくねった角を生やす、八メートル前後の異形の「鬼」である。


《なるほど。危険度はまずまずってとこだけど、訓練生にはちょーっとキツイ相手かもね》


 照準を修正。鬼の頭部へと銃口を向け直す。


 だが、その射線上に鋼一郎機が躍り出た。陣形を崩し、前に飛び出したのだ。


《あ、こら、綱一郎訓練生ッ! 君は後方支援だと、》


「この程度の妖怪なら、俺でもやれますよ!」


 シミュレーターを用いた訓練ならば、もっと危険度な妖怪とも戦ったことがある。それに鬼の足元には桃の射撃が掠っていた。運よく弾は抜けているようだが、その動きは確実に鈍っている。


「手負いのターゲットに後れを取るほど、生ぬるい鍛え方はされてねぇんだよッ!」


 鋼一郎機はライフルを手に、背を向けた標的を追いつめる。


 貰った────そんな確信が確かにあった。しかし、鬼は突然にも足を止める。その身を百八十度捻り反転。鋼一郎の〈アカツキ〉へと組み着いたのだ!


 不意を突かれた鋼一郎に防御の余裕なんてない。頭部と右腕を抑え込まれ、無防備な首元へと牙を立てられる。


《チッ。だーから、勝手すんなって言ったじゃん!》


 呆れの混ざった指摘と共に、桃機が強引に割り込んだ。ダンパーは甲高い悲鳴を上げ、足元には粉塵が舞いがる。


《ちょーっち荒っぽくなるけどッ!》


 脚部に増設されたブースターを起動。尾を引く噴射炎と共に、加速させた蹴りは無理やりにでも鋼一郎のアカツキにへばりついた鬼を引き剥がした。


《逃さないから》


 彼女は冷ややかに言い放つ。すぐさま崩れた体制を立て直し、腰部に備えられた日本刀状のブレード・夜霧へと手を掛けた。


 抜刀(────ブレードを鞘から抜くが早いか、彼女は鬼との間合いを一気に詰める。剥き出しになった刃は、瞬きの間に鬼の胸元を真一文字に切り捨てた。

 

《…………駆除完了》


 ◇◇◇


 一挙手一投足に全くの無駄がない。自分たち訓練生とは明らかに違う、才能と経験によって研ぎ澄まされた実力差にはおかしな笑いさえ、込み上げてきた。


「……はは、マジかよ」


《マジもマジよ。ところで、随分と実戦訓練を舐め切っていた訓練生がいたと思うんだけど? どこのナニ一郎くんだったかしら?》


 モニターを見れば、先ほどまでの気迫と権幕はどこへやら。桃がモニター越しにこちらを覗き込み、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「そ……それは……まさか、いきなり振り返って襲ってくるなんて! あんな行動パターン、シミュレーターには、」


《だから言ったでしょ? あんなのはアテにならないって。こればっかりは場数を踏まなきゃ、どうにもならないの》


「…………はい。仰る通りですね」


「わかったなら、訓練には真面目に打ち込むように!」と彼女が無難に話をまとめ上げようとした。


 その刹那、桃は自分の背後に言い知れぬ悪寒と、異様な気配を察知した。ゾワりとした感覚が背中をなでると同時に、再びレーダーが反応を捉える。



 仕留めた鬼の中。───その中でもう一つ、ナニかが蠢いてるのだ。



《総員退避ッッ!》


 頭部を潰され、確実に絶命しているであろう鬼の死骸が異様な大きさにまで膨れ上がる。


 その原型さえ留めず、ドーム状になったそれを突き破ったのは二対の剛腕だった。


 五指を携え、鋭利な外殻に覆われた攻撃的シルエットは、桃を目掛けてまっすぐに迫る。


「あっー……これはちょーっとマズいかも……」

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