第11話 事件の謎を解くキーワードは、名古屋!

 お燈まつりから4日後の水曜日。

 午前中の取り調べを終えた大輝に捜査本部の神代から電話が入る。

 事件の進捗状況を報告したい旨の連絡で、「午後なら時間がとれる」と、大輝が了承すると、神代、長岡、八田の3人が揃って検察庁の大輝の執務室を訪れる。

 3人に打ち合わせ用テーブルに座るよう促した大輝は、すでにコーヒーメーカーに用意してあるれ立てのコーヒーをもってテーブルにつき、紙コップにコーヒーを注いで、3人に勧める。


「これはどうも、すみません」検事自らコーヒーを淹れてくれたことに恐縮したのか、神代が代表してお礼をいう。

 手にもった紙コップから立ちのぼる湯気に鼻を近づけ、匂いをいだあと、ブラックのままひと口すすった神代が、「鈴木検事に淹れてもらうコーヒーは、いつも格別ですね」といって、め称える。

 ただ黙って見ているだけで紙コップを手にしない長岡と八田に、「ミルクと砂糖もありますので、お好みで使ってください」と大輝が促し、コーヒーフレッシュとスティック状の砂糖を入れたトレイをさし出す。

 長岡はコーヒーフレッシュを、八田はコーヒーフレッシュとスティック2本をとり出して紙コップに入れ、各々飲み始める。


 コーヒーを堪能しながらしばらく雑談していたが、話が途切れたのを機に、神代がおもむろに口火をきる。

「聞きこみで事件の概要がほぼ明らかになってきました。今日は、これまでに判明したことを検事に報告するためお邪魔しました。

 早速ですが、横山宏美の事件当日の足どりについて、報告させていただきます」といって、長岡に目配めくばせする。

「それでは、私から横山宏美の足どりについて、報告させてもらいます――」


 事件当日の2月6日11時頃、東京三鷹の自宅を出た横山は、三鷹駅からJR中央線で東京駅へ。東京駅で新幹線に乗り換えて名古屋へ。名古屋で在来線の特急ワイドビュー南紀に乗り継ぎ、真宮に向かったものと思われる。

 真宮到着は夜6時45分。その足で7時頃真宮シティホテルにチェックイン。これについては、ホテルのフロントが証言しているので、ほぼ間違いない。

 チェックインした横山は、部屋に荷物を置いただけで、すぐにホテルを出ている。おそらくこの夜は、お燈まつりが行われているので、それを見物に出かけた模様。


 祭りが終わった8時半頃、高校の同級生、足立あだちひろしが経営する蕎麦屋『きさらぎ』に顔を出す。きさらぎで生ビール1杯と蕎麦を注文して、簡単な夕食をったあと、9時半頃店を出て、10時前にはホテルに戻っている。これについても、ホテルのフロントが目撃しており、ほぼ間違いない。

 これ以降、横山を目撃した者は、今のところ見つかっていない。おそらく横山は、人知れずホテルを抜け出し、浮島の森にいったのではないかと推測される。

 ここまで手帳を見ながら報告していた長岡が顔をあげてひと息吐き、報告を続ける。


「実は、気になることがきさらぎの店主、足立浩から聞けました――」

 足立の話によると、横山は、当初同窓会に出席するつもりはなかったらしい。

 それが、1週間ほど前、正確にはお燈まつりの3日前、突然横山から足立に電話が入り、同窓会に出席したいから、ホテルを手配できないかと依頼されたようだ。

 しかし、あいにくこの日はお燈まつり当日。どこのホテルも満室状態で、とれないと連絡しようとした矢先、真宮シティホテルから、キャンセルが出てひと部屋なら押さえられるという連絡をもらい、横山に知らせたようだ。


「横山は、いつも同窓会に出席してたのですか?」大輝が長岡に質問する。

「いえ。足立によると、横山が同窓会に出るといったのは、今回がはじめてのようです。これまで同窓会は、5、6回開かれておるんですが、横山は、一度も出たことがなかったようなんです。

 というのも、横山は、高校卒業後、名古屋の大学に進学し、卒業後もそのまま名古屋で就職してるんで、地元とは疎遠そえんになってたようです」

「それなのに、なぜ横山は、一度も出なかった同窓会に、しかも急に出ようとしたのですか?」

「それがようわからんというんです。足立も変やなと思い、横山に聞いてみたようなんですが、横山からは、久しぶりに皆の顔見たいからや、といったような返事しかなかったようなんです」


 ほかに質問がなかったので、長岡が報告を続ける。

「次に横山の経歴について、報告させてもらいます――」

 横山は、名古屋の大学を卒業したあと、名古屋都市圏を中心に店舗を展開している大手スーパーに就職。そこで15年ほど勤めたあと、名古屋にある地元のスーパーに転職。横山の妻の話では、大学の先輩であるスーパーの社長からぜひにといわれたらしい。いわゆるヘッドハンティングで、そのスーパーの常務取締役に引き抜かれたという。

 しかし、転職して3年でそのスーパーが倒産。これを期に一家で名古屋から東京に転居し、知りあいの伝手つてを頼って、不動産会社に再就職する。そこで、3年ほど営業を中心とした業務を担当。その間に横山は、宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)の資格を取得している。


 今から9年ほど前に独立し、東京の吉祥寺に『株式会社エステート横山』という会社を設立。JR吉祥寺駅からほど近い貸しビルの1階に会社兼店舗をかまえている。主な業務は、アパートや貸店舗の賃貸の仲介で、売れ残ったマンションの売買の仲介などもすることがあるという。現在、従業員5人程度の、街の小さな不動産屋に毛の生えた規模の会社を経営している。

 東京に派遣した捜査員が調べたところでは、会社の経営は順調で、特に仕事上で大きなトラブルなどを抱えていたということもないようだ。


「スーパーから不動産屋に転職したのですか? ずいぶんとかけ離れた業種を選んだものですね」いぶかしく思った大輝が尋ねる。

「ええ、妻の話によると、東京に転居した横山が、就職先を探すのに奔走ほんそうし、かなり苦労したようなんです。たまたま知人が就職を世話してくれた先が、不動産関係の会社だったようなんです」長岡が答える。


「そうですか……。でも、たった3年程度で独立できたのは、どうしたんですかね?

 いくら小さな不動産屋でも、それなりに開業資金がかかると思うのですが……」

「それについては、妻もようわからんというんです。懇意にしてる人から融資を受けたと、横山は、いってたようなんですが……」

「融資ですか……。でも、誰から受けたのかは、わからないのですよね?」

「はい、今となっては、確かめようがありません」


 大輝が黙りこんだのを見て、神代が次の報告を促す。

「続いて、熊野川の水死体について、判明したことを報告させていただきます」といって八田に目配せする。

「昨日、ほとけさんの身元について、とり急ぎ電話で検事さんに報告させてもらいましたが、そのあとでわかったことを報告させてもらいます――」


 被害者森田保は、遺体が発見された前日の2月5日夜10時40分頃、JR真宮駅で目撃されている。10時35分着の特急ワイドビュー南紀に乗車しており、改札口で乗車券を失くしたと申し出てきたのを駅員が記憶していた。

 森田は、車内で酒を飲んで眠りこんでいたところを、終点のため車内を点検していた車掌に起こされ、慌てて下車したようだ。失くしたとされる乗車券は、もっていたサイドバッグから見つかり、大事に至らなかったが、対応した駅員の話では、かなり酒臭かったという。ただ森田の妻が話していたサイドバッグを森田がもっていたことが、駅員の証言から確認される。

 森田は、改札口を出る際、駅員に『徐福じょふく公園』がどこにあるのかを尋ねていた。おそらくこのあと、徐福公園に向かったと推測される。


 徐福公園は、JR真宮駅から東へ100メートルにある公園。10数年前、徐福の墓があったところに、極彩色豊かな中国風楼門を配置し、公園としてオープン。

 園内には、徐福の墓のほか、石像や不老の池、徐福に殉死したと伝えられる7人の重臣の墓が建立されている。

 徐福は、今から2200年前、中国を統一したしん始皇帝しこうていの命を受け、東方海上の三神山にあるとされる不老不死ふろうふし霊薬れいやくを求め、3000人もの配下を伴って、ここ熊野の地に渡来したと伝えられている。


 徐福一行は、この地に自生する『天台烏薬てんだいうやく』という薬木を発見する。しかし、気候が温暖で、風光明媚ふうこうめいびなこの地に魅了された徐福は、ここを永住の地と決め、中国に帰らなかったという。徐福は、土地を拓き、農耕、漁法、捕鯨、紙すきなどの技術を伝えたともいわれている。

 徐福渡来の伝承地は日本各地にあり、いずれもその真否は定かでない。

 ここ真宮では、この地に徐福が渡来したことについて、疑いを挟む者は誰もいないくらい、徐福渡来が信じられている。


「今のとこ、駅員のほかに森田を見たという目撃者は、おりまへん。

 それから、熊野川を5キロほどさかのぼったとこに、瀬原せばら橋という橋があるんです。真宮側の国道168号線と三重県側の県道740号線をつなぐ、熊野川に架かっとる橋なんです。その橋の欄干らんかんほこりどろがれたとこあったんで、鑑識が調べたら、森田の指紋、出たんですわ。

 おそらくヤツは、この橋から川に落っこちたんだと思われます」


「指紋は、森田のものだけですか?」大輝が尋ねる。

「ええ、そうなんですわ。残念ながら森田以外の指紋、出てません。

 欄干の埃や泥が剥がれた状況から、何者かと争ったようなあとだとも推測できますよって、断定できまへんが、おそらく何者かに川に突き落とされた可能性も否定できへんと思てます。

 それと、森田が持ってたとされるサイドバッグ。付近一帯捜索させましたが、まだ見つかっておりまへん。捜索範囲を川の下流まで広げて、探させてます」

「森田のほうも、殺人の疑いがあるわけですね」大輝が誰ともなしにつぶやく。


「森田の経歴ですが、今は、愛知県の小牧市内で『森膳もりぜん』というラーメン屋を経営してます。店のほうは、もっぱら従業員に任せ、森田は、経営に専念しとるようなんです。

 住まいは、市内に賃貸マンション借りて、嫁はんと高校1年の娘と3人で暮らしてます。森田は、小牧の隣、犬山の出身で……」

「ちょっと待ってください。森田は、犬山の出身なんですか?

 そうすると、例の犬山大社のお守り、もってたのですか?」八田を遮って大輝が尋ねる。

「いえ、森田は、お守りもってまへんでした。といっても、肝心のサイドバッグ見つからんので、これも断言できまへんが……」

「そうですか。わかりました。続けてください」


「森田は、地元の商業高校を卒業したあと、名古屋の運送会社に就職してます。そこを2年で辞めたあと、名古屋市内の電気家電の量販店、飲食店、スーパー、ラーメン屋などの職を転々として、9年前、小牧で今のラーメン屋を開業したというんです」

「9年前ですか。そうすると、横山が不動産屋を始めたのと同じ時期ですね。

 森田は、開業資金をどのように工面したのですか? ラーメン屋といっても、開業するには、それなりのお金がかかりますよね」

「それが、こっちもようわからんというんです。嫁はんに聞いても……。

 嫁はんの話では、12年前勤めてたスーパーが倒産したあと、森田がラーメン屋を始めたいといい出して、ラーメン屋に勤めながら、調理師免許とったようなんです。

 開業資金については、森田が自分で工面したようで、どこからか借金したようなこともなかったらしいんですわ。

 以上が、これまでに判明した森田の状況ですわ」

「ありがとうございました」お礼をいった大輝がしばらく考えこむ。


「鈴木検事。検事は、ふたつの事件をどのように考えますか?」神代が尋ねる。

「そうですね。熊野川の水死体が殺人だとすると、この平和な街で、3年ぶりの殺人事件が、2日連続で発生したことになります。

 とても偶然とはいいきれないでしょう。連続殺人かどうかは別にしても、このふたつの事件は、密接に関連してるのではないでしょうか?」

「そうですよね。私も、このふたつの事件は、どこかでつながってるような気がします」神代が同意する。

「それと、ふたりの被害者、横山と森田が時期を同じくして商売を始めたことが気にかかります。これも単なる偶然だとは思えません……」大輝が付け加える。


「ともに金の出所が不明な点も同じですよね。横山と森田の経歴を見る限り、ふたりとも名古屋にいたことがわかってます。

 おそらく名古屋が、今回の事件のキーワードになるのではないでしょうか?」神代が大輝に同意を求める。

「僕もそう思います。急いで、ふたりの被害者、横山と森田の接点を見つけてください。おそらくどこかでつながってるはずです」

「わかりました。もう一度ふたりの経歴を洗い直します」と神代が返事し、長岡と八田を促して執務室を辞去する。

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