第14話 7人の正社員で生存しているのは2人!

 お燈まつりから6日後の金曜日。

 前日長岡と北島が聴取したいずみやの元従業員、黒田哲三の供述が、今後の捜査方針に大きく影響を及ぼすのではないかと判断した神代は、朝一番に大輝に電話を入れる。今すぐなら、時間がとれるという大輝のアポイントをもらい、直ちに神代が長岡を伴い、検察庁の大輝の執務室を訪ねる。


 長岡が黒田の供述をひととおり報告すると、大輝は立ちあがり、部屋の中に立てかけてあるホワイトボードに近づいて提案する。

「とりあえず、いずみやの関係者を整理してみましょう」

 社長 和泉幸彦、専務 和泉菜穂子、常務 横山宏美、生鮮食品担当 黒田哲三、食料品担当 森田保、日用雑貨担当 山名孝昌、経理担当 秋山翔太の7人の名前を順次ボードに記入した大輝は、それぞれの今の状況を確認しながら、括弧書きでつけ加える。


 社長 和泉幸彦(12年前死亡)

 専務 和泉菜穂子(12年前行方不明)

 常務 横山宏美(6日前死亡)

 生鮮食品担当 黒田哲三(桑名在住)

 食料品担当 森田保(7日前死亡)

 日用雑貨担当 山名孝昌

 経理担当 秋山翔太(12年前行方不明)

「このように整理すると、12年前のいずみやの関係者で、今確実に生存していると思われるのは、桑名に在住している黒田哲三と、いまだに行方がつかめない山名孝昌のふたりだけになりますね」

「そうなります」長岡が同意する。


「まだ山名孝昌の居場所は、わからないのですか?」

「ええ、まだなにもつかめてません。山名は、三重の尾鷲おわせの出身で、もとは家業の和菓子屋を継いでたようですが、親が死んで山名の代になったら、店がつぶれたようです。そのあと、事件の5年ほど前からいずみやで働くようになったことはわかったのですが……」長岡が答える。

「いずみやの倒産後、山名は、どこでなにをしてるのですか?」

「それについては、なにもわかってません。黒田に確認したところ、故郷の尾鷲に戻ったのではないか、ということでしたが、すでに実家の店舗は、人手ひとでに渡り、親類縁者も近くに住んでないので、確認できませんでした」


「山名には、家族はいなかったのですか?」

「兄弟はなく、両親もすでに死んでます。ただ一度結婚したことがあって、子どもがひとりいたようなんですが、家業の和菓子屋が倒産して間もなく、離婚したようです」

「別れた奥さんとお子さんの消息も、わからないのですか?」

「ええ、今のところ、わかってません」

「そうですか……」

 しばらくうつむいて考えこんでいた大輝が、顔を上げる。

「今回の事件を解明するには、12年前のいずみやの事件を明らかにする必要があるのではないかと思います。それには、どうしても山名を探し出す必要があると思うのですが……」

「検事がそこまでして、いずみやの事件にこだわる理由がわかりませんが……」神代が大輝に疑問をぶつける。


「僕にも、確信があるわけではありません。もう少し詳しく調べたいと思ってるだけです。12年前いずみやで起こった事件、社長の和泉幸彦が刺殺された事件でなく、妻の和泉菜穂子が2億円もち逃げしたという事件のほうです。

 横山宏美と森田保は、いずみやの事件の3年後、時を同じくして独立して商売を始めてます。しかも、いずれも開業資金の出処が不明です。

 もし和泉菜穂子が2億円もち逃げしたのではなく、横山たちが2億円奪って、3年後山分けしたとすると、辻褄つじつまがあいますよね」


「検事は、横山と森田が2億円を奪ったと考えてるんですか?」驚いた神代が、大輝に問いかける。

「ええ、なんの根拠もありませんが、その可能性は、十分あると思います。

 事件当時のいずみやの関係者7人のうち、刺殺された和泉幸彦と行方不明になった和泉菜穂子と秋山翔太を除くと、横山宏美、黒田哲三、森田保、山名孝昌の4人だけです。この中で、先ほどの長岡さんの報告から、マルチ商法にかかわってなかった黒田は、除いてもいいと思います」

「黒田は、いずみやが倒産したあと、義兄の紹介で桑名の魚市場で鮮魚の卸売りしてる店に定年まで勤めたといってました。いまだに県営住宅に住んでるんで、どう考えても大金を手にしたとは思えません」長岡が同意する。


「そうすると、2億円山分けした可能性があるのが、横山宏美、森田保、山名孝昌の3人です。そのうち横山と森田が殺されたとなると……」

「検事は、山名も殺されてると考えてるんですか?」

「それはなんともいえません。ただ2億円山分けした仲間のひとりであった可能性は、かなり高いと思いますよ」


「ひとつ聞いていいですか。なぜ横山と森田は、3年経ってから金を使ったんですかね?」長岡が大輝に質問する。

「それは、死んだ横山たちに聞いてみなければ、真相はわかりませんが、おそらく事件のほとぼりが冷めるのを待ってたのではないでしょうか。

 警察の捜査では、菜穂子たちがもち逃げしたことになってますので、すぐに横山たちが大金を使うと疑われます。警察の矛先ほこさきを避けるためにも、金をどこかに隠して、3年間じっと待ってたんじゃないですかね。

 ともかく急いで山名を探し出しましょう。山名を見つければ、きっと真相が見えてくるはずですよ!」

「わかりました。至急手配します」神代がうなずく。


 立ちあがって自分の席に戻ろうとした大輝を神代が引きとめ、これまでずっと疑問に思っていたことを問いただしてみる。

「ところで、検事、なぜ今になって、横山と森田が殺されたのですか? 事件から12年も経ってるのに……」

「それは、僕にもわかりません。なぜ今になって、横山と森田が殺されたのかは……。

 ただ菜穂子が2億円もち逃げしてなければ、隠れる必要はありません。幼い子どもを残し、しかも夫が殺されたのですから、母親として逃げる理由がまったくありません。むしろ残された子どもたちを護る必要がありますから、おそらく菜穂子は……」


「殺されてると……」神代があとを継ぐ。

「その可能性が高いと思いますよ。そうすると、家族を殺された遺族による復讐の可能性が出てきます。真宮の祖父母に引きとられた和泉社長のふたりの子どもについても、至急調べてください」

「わかりました。急いであたらせます」

 大輝の大胆な推理により、事件の解明の手がかりを見つけ出した神代と長岡は、検察庁をあとにして、急いで捜査本部がある真宮警察署に戻る。



 この日の昼休み、大輝は、いつものようにケントと一緒にお昼を食べるため一度自宅に帰ることに。大輝が交差点で信号が変わるのを待っていると、停車している軽自動車のウインドウが下がり、運転手の女性から声がかかる。

「検事さんやないですか。お昼ですか?」

「あっ、動物病院の……」声をかけてきたのは、にこにこ動物病院の獣医、圭太の母親だった。

「これから家に帰って、ケントと一緒にお昼を食べようと思って……。昼間は、ひとりぼっちで家にいるもんですから……」

「そうですか。ケントを可愛がってくれてるんですね」


「お母さんは、どちらへ?」

「ちょっと市民病院までいくとこです」

「体の具合でも悪いんですか?」

「ええ、まぁ、最近調子よくないんで、病院で診てもらってるんですよ。でも、たいしたことないと思うんです」

 ちょうど信号が青に変わり、「それでは、失礼します」といって、圭太の母親は、車を発進させる。その背後に「お大事にしてください」と、大輝は声をかけるが、聞こえたかどうかはわからない。



 1日の仕事を終え、ケントの散歩をすませて家に戻ったとき、大輝のスマートフォンがふるえる。母親の美鈴からのメール。明日夕方、真宮にいくから、駅まで迎えにきてくれという内容。

 驚いた大輝は、すぐさま美鈴の携帯に電話をかける。母親に電話するのは、年末以来ひと月半ぶり。当初正月に帰省するつもりであったが、突然真宮に異動になり、引っ越しなどで帰省できなくなった。そのとき、事情を話すのに電話したが、それ以来だった。


「どうしたの、急にこっちにくるって?」

「別にたいした理由ないわよ。予定してた旅行が急にキャンセルになったの。それで、あんたの顔でも見にいこうと思っただけよ。ついでに熊野三山に参拝して、熊野古道を歩こうと思ってるの」

「ひとりでくるの?」

「そうよ、ひとりよ。父さんは、仕事があるから……」

 美鈴は、朝羽田発の飛行機で南紀白浜まで飛び、潮岬や那智なちの滝を見物し、那智大社に参拝したあと、真宮にくる予定。真宮に1泊したあと、熊野速玉大社に参拝し、午後バスで本宮ほんぐう大社に向かい、川湯かわゆ温泉でさらに1泊。翌日高野山にいき、金剛峯寺こんごうぶじに参拝したあと、和歌山市経由で関西空港から飛行機便で東京に戻るという旅程。

 かなりハードなスケジュールな上に女のひとり旅。美鈴の年齢を考えると、かなり無理をしている日程のように思える。


 昨年のゴールデンウィーク、和歌山がはじめてだという美鈴と父大輔がふたり揃って、大輝の様子を見るため和歌山にやってきた。そのときは、和歌山城や紀三井寺きみいでら和歌浦わかのうらなどの名所旧跡を案内してやる。

 もちろん赴任したばかりの大輝は、和歌山の名所旧跡などまったく知らなかったので、地元出身の事務官に教えてもらったのだが……。それ以来、久しぶりに美鈴が大輝に会いにくるというのだ。

「とにかく駅に着いたら電話するから、迎えにきてよ。ホテルはとってあるから、心配しないで。あんたの汚い部屋になんか泊まるつもりないから」といって美鈴は、一方的に電話をきってしまう。


(さあどうする?)大輝は急に不安になる。さばけた美鈴の性格から気を遣う必要はないが、美鈴のことだから、単に顔を見るためだけにくるわけがないと思える。

 なにか魂胆こんたんがあるはずだ。それがなんなのか、大輝には想像がつかず、一抹いちまつの不安を覚える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る