第20話 いずみやの元従業員、山名は死亡していた!
お燈まつりから10日後の火曜日。
神代が彩佳の事情聴取を終え、捜査本部に戻った頃、八田と前田は、JRと近鉄の両方の駅がある松坂駅前の喫茶店に向かっていた。前夜、山名孝昌の元妻、木村節子に電話をかけ、山名について話を聞きたいと依頼したところ、節子が松坂駅前の喫茶店を指定したのだ。
八田と前田が喫茶店に
木村節子に間違いないと判断した八田は、節子に近づき、節子にだけ見えるように警察手帳を提示し、「木村節子さんですね」と確認すると、節子がうなずいたので、節子の向かいの席に腰を降ろす。
「お忙しいとこ、すんませんね。和歌山県警の八田と、こっちが前田です」
とり急ぎ自己紹介すると、ウエイトレスが注文をとりにきたので、ふたりともコーヒーをオーダーする。
「早速ですが、山名孝昌さん、あんたの元
「えっ、なにいうてますねん。山名は死んだって、警察の人がいうてたやないですか?」
「しっ、死んだ……」想像もつかなかった節子のひと言で、八田は息が詰まり、次の言葉が出ない。
「死んだって、どういうことなんや? ちゃんと説明してくれはりますか?」気をとり直して八田が尋ねる。
「ひと月くらい前のことやと思います。先月の中頃、突然、警察から電話かかってきて、山名が死んだから遺体引きとってくれって、いうてきたんよ。
別れて15年以上も経つし、もう赤の他人やさかい、遺体引きとることできんっていうて、断ったんよ」
「ちょっと待ってや。連絡してきたんは、どこの警察なんや?」八田が
「確か……。そう、警視庁の
「警視庁っていうことは、東京か? で、なんで山名は死んだんや? そのとき、警察の人、なんていうてたんや?」
「詳しく聞けへんかったけど……。なんでも酔っぱらって歩道橋から落っこちて死んでしもたって、いうてはりました」
「……。そんで、なんで遺体引きとらんかったんや? 別れたっていうても、元亭主やろ。葬式ぐらい出してやっても、よかったんと違うか?」
「なにいうてますねん。うちがあの人のためどんだけ苦労したか……。あの人が店
「それで、誰が遺体引きとったんや?」
「詳しく知らんけど、警察の人に、ほかに身内おらんのかと聞かれたんで、勝浦の
「ちょっと待ってや。山名さんに、兄弟はおらんのと違うんか?」
「山名は養子やったんよ。うちも結婚してはじめて聞いた話やけど。
山名の両親には、子どもおらんかったんで、お
「それで、その勝浦の姉さんが、山名さんの遺体引きとったんかいな?」
「それはわからんわ。うちは、勝浦の姉さんの連絡先教えてやっただけで、そのあとどうなったか知らんわ。姉さんからもなんの連絡もなかったし……」
警察から連絡を受けただけの節子にこれ以上尋ねたとしても、新たな情報を得ることができないと判断した八田は、内容を変えて質問を続ける。
「あんた、いつ山名さんと結婚したんや?」
「20年くらい前ですよ。当時は、まだお義父さんが商売仕きってたんで、店も順調でしたよ。
1年して生まれた長男が3つになった頃やと思います、お義父さんが癌で亡くなってしもたんです。肝臓癌で、見つかったときはすでに手遅れで、手術もできずに、あっけなくあの世にいってしもて……。
そのあと、あの人があと継いだんですけど、商売に向いてへんかったんでしょうね。お義父さんが亡くなって3年もせいへんうちに、店潰してしもたんです」
「なんで潰したんや?」
「長年続いた山名屋は、手づくりでこしらえた美味しい和菓子が売りの店やったんです。手づくりやから、たいした量つくれへんけど、それなりに売りあげて、僅かやけど利益も出てました。
けど、あの人、このままじゃ先細りやいうて、手づくりやめて、機械で大量生産しようとしたんです。そのため家屋敷を担保にして銀行からお金まで借りて、やろうとしたんですよ。
うちも古くからいた職人も、やめたほうがええっていうて、反対したんやけど……。俺の店や、俺の好きにやるっていうて、強引に機械化してしもたんです。
機械化で菓子の単価安く設定できたんで、最初のうちは、物珍しさと安さでそれなりに売れたんやけど……。でも、安い菓子ならスーパーでなんぼでも買えるさかえ、わざわざうちの店まで買いにきてくれはることもなくなってしもて……。
古くからいた職人をやめさせたんで、今さら手づくりの菓子に戻すこともできんし、長くご
そうこうしてるうちに借金の返済滞るようになって、知りあいからも、お金借りてしのいでたんですけど、
「逃げ出した?」
「そうなんですよ。たちの悪そうな
それからが、ほんま大変でした。店は畳むしかなくて、担保に入れてた家屋敷を手放すことで、なんとか借金清算できたんですけど、知りあいから借りた金が残ってしもて……。結局、うちの実家の父が援けてくれたんですよ」
「それで、離婚を……」
「ええ、あんな男とは別れたほうがええって、父もいうてましたんで……。
ほとぼり冷めた頃、あの人、ひょっこり戻ってきたんで、きっぱり別れました。
決して悪い人やないと思うけど、甘やかされて育ったボンボンなんですよ。いざというとき、からっきし頼りにならん人でした」
「それからどうしたんや?」
「うちは、子ども連れて
そんとき、松坂で保険の外交してる高校の友だちが誘ってくれたんですよ。保険の外交の仕事してみえへんかって。ちょうど10年くらい前やと思います。
それから子ども連れて実家出て、松坂で保険の外交の仕事するようになったんです。そのあとも、ずっと松坂で暮らしてます」
「離婚したあと、山名さんは、どうしたんや?」
「あの人、勝浦の姉さんの紹介で、名古屋のスーパーで働き始めたと聞きました。そこで何年か働いて、また尾鷲に戻ったと聞いたことあるような気がしますが……。でも、詳しいこと、なんも知りませんよ」
「山名さんから連絡、あったんかいな?」
「いえ。最近は、ほとんどありません。かれこれ3年くらいは、なんの連絡もなかったと思います。
でも別れた当初、子どものこと気になったのか、
かかってくるたびに、やり直そうというてましたけど、うちは、相手にしませんでしたけど……。
あっ、そういえば、あの人、尾鷲で山名屋再建するんやって、電話かけてきたことありましたね。どうせ、嘘やろと思て、相手にしませんでしたけど……」
「それって、いつの話や?」
「松坂に引っ越して、1年くらい経ってたときやと思います」
「引っ越して1年ってか……。それ、今から何年前のことや?」
「今からですか……。そうやね、今から10年。いえ、9年前やと思います」
「9年前か……。それで、再建するっていうても、金いるやろ。山名さんは、その金、どないするって、いうてたんや?」
「そんなこと、知りませんよ。どうせあの人、うちとヨリ戻そうと嘘ついて、そんなこというてたんやと思て、なんも聞けへんかったから……」
「ところで、山名さんが亡くなる前、どこでなにしてるんか、知ってたんか?」
「いえ、詳しいこと、なんも知りません。ただ3年くらい前やと思います。それがあの人からかかってきた最後の電話やったと思いますが、そんとき、今どこにいるんやって聞いたら、東京で暮してるって、いうてました」
「東京でか。どんな仕事してるって、いうてた?」
「仕事についてなんもいうてません。うちも知りたいとも思わんかったから……」
「そうやな……」といって、八田は腕時計で時刻を確認する。
「今日は、お忙しいのに協力してもろて、どうもおおきに。お陰さんで、大変参考になること聞けました。もう帰ってもろても、かまいませんよ」
「えっ、もうええの? 山名がなんかしたんやないの?」
「いえ、違うんです。10日ほど前起きた事件に山名さんが関係してたんやないかと思たんですが、すでに亡くなってたんで、無関係とわかりました。面倒かけてすんませんでした」
節子を残したまま喫茶店を出た八田と前田は、すぐに捜査本部に連絡を入れ、ひと月前、山名孝昌が死亡していたことを報告する。驚いた捜査本部の神代は、八田と前田に直ちに東京に急行し、警視庁町屋警察署に赴き、山名が死亡した経緯を詳しく調べるよう命じる。
八田と前田は、真宮に戻らず、そのまま松坂から名古屋を経由して新幹線で東京に向かう。
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