第12話 事件の背後に12年前のマルチ商法事件が!
お燈まつりから5日後の木曜日。
朗報が大輝にもたらされる。神代から、横山と森田の接点が見つかったと、電話で連絡が入ったのだ。大輝の都合にあわせ、午後真宮警察署の署長室で、その報告を受けることに。
大輝が署長室に入ると、池田、神代、長岡、八田の4人が揃って待っていた。
「お忙しいのに、申しわけありまへんなぁ」署長の池田がいい出すのと同時に、立ち上がろうとした4人を制して、大輝が池田の隣の空いたソファーに腰をかけると、神代がきり出す。
「あれから横山と森田の経歴をひとつひとつ照合したところ、すでに倒産して存在してませんが、名古屋市の郊外、
今から12年前、そのスーパーは倒産しましたが、倒産前の3年ほど、横山と森田は、このスーパーでともに働いてました。
倒産した経緯について、愛知県警より当時の捜査資料をとり寄せましたので、それに沿って説明します」
「捜査資料ですか……。倒産が事件になってたのですか?」
「ええ、マルチ商法による詐欺事件を引き起こした結果、殺人事件が起きてました。詳しくは、長岡に説明させます」
長岡が立ち上がり、地図や写真を貼りつけたホワイトボードを使って説明を始める。
「横山と森田が勤めてたスーパーいずみやは、名古屋市千草区星ヶ丘、名古屋市営地下鉄東山線の星ヶ丘駅前にありました――」
スーパーいずみやは、いわゆる地元のスーパーマーケット。以前は、同じ千草区の
いずみやは、年商15億円、従業員20名、食料品、生鮮食品、日用雑貨などの生活必需品を販売するスーパー。社長は二代目の
横山と森田以外には、生鮮食品、日用雑貨、経理の担当にそれぞれ1名ずつ正社員が配置されているだけで、残り10数名は、パートを雇っていた。
社長の和泉幸彦は、事件の7年前、急死した父親のあとを継いで、いずみやの経営を継承する。それ以前は、名古屋市内のデパートに勤めていた。
和泉は、業績を順調に伸ばし、事件の4年前、2号店の上社店をオープンさせるが、半年も経たないうちに、全国展開する大手スーパーが近くに進出し、徐々に顧客をとられ始め、いずみやの業績が低迷するようになる。
事件の3年前、和泉の大学の後輩で、当時大手スーパーに勤めていた横山をヘッドハンティングして、常務取締役に迎え、経営の立て直しを図るが、思うように業績の回復を図ることができず、徐々に経営がいき詰まるようになる。
事件の1年前、いずみやは、
しかし、この健康サプリメントの販売は、ただ品物を販売するだけでなく、1口10万円で会員を募り、さらに会員を勧誘した者には、売上に応じて配当を受けることができるという、いわゆるマルチ商法の疑いがあるものだった。
健康サプリメントが人気を呼び、販売が好調だったことから、販売開始とともに多くの会員が集まり、1年足らずで売上は、10数億円に達した。
これによっていずみやは、再建を図ることができた。しかし、マルチ商法ゆえに、徐々に配当が滞るようになると、会員が騒ぎ出して社長の和泉を問い詰めるようになり、問題の事件が発生する。
配当が滞ったことで、10数人の会員がいずみやに押しかけ、社長の和泉に配当金の支払いと会費の返還を迫る。しかし、すでに資金的に余裕がなくなったいずみやは、もう少し待ってくれというだけで、配当だけでなく、会費の返還にも応じない。その対応の不誠実に
刺した犯人は、現場から逃走するが、逃げられないと観念したのか、警察官が自宅にかけつけたときには、首を吊って死んでいたという。
「あの事件かぁ……?」池田がぼそりとつぶやく。
「署長は、ご存じなんですか?」尋ねたのは、大輝だった。
「いいや、テレビで見ただけやけど。被害を受けた会員がいずみやに押しかけて、社長に談判すんのを、地元のテレビ局が取材してたんや。まさか殺人なんぞ、起こるとは思てへんかったんやろなぁ。カメラもちこんで、会員が談判する様子、撮影してたんや。
そしたら怒り狂った会員のひとりが社長を刺してしもたんや。もちろんその様子をカメラで撮影してたもんやから、それをそのままテレビで放映したんや。確か、夜のニュース番組かなんかで。
なんせ、刺殺する様子、そのまま放映したもんやから、あまりにもショッキングでなぁ。あとになって、その放映が、報道の在り方として問題になったんや」
「そんな事件があったのですか?」
「今から12年も前のことやけどなぁ……」
「それで、そのあと、いずみやが倒産したのですか?」大輝が先を促したので、長岡が説明を続ける。
「実は、社長の刺殺事件だけやないんです。事件後、社長の妻で専務の和泉菜穂子と、当時経理を担当してた
「えっ、もち逃げですか? 夫を殺された妻が、金をもって逃げたというんですか?」驚いた大輝が確認する。
「そうなんです。調書では、当時41歳の菜穂子が、24歳の秋山とともに金をもって駆け落ちしたと記載されてます。事件の翌日、ふたりとも姿を消したようなんです」
「ほんとに駆け落ちしたのですかね?」不審に思った大輝が再度尋ねる。
「それが、ですね……。仲間うちの噂では、数年前から不倫してたという者もいれば、秋山はともかく、菜穂子が不倫なんぞするはずがないという者もいて、ようわからんかったようなんです。
ともかく事件の翌日、2億円の金とともに菜穂子と秋山が姿消したんで、金もって駆け落ちしたんやないかと、考えたみたいなんです」
「ふたりは、どこへいったのですかね? まだ見つかってないのでしょう?」
「海外に逃亡したんやないかと、パスポートを調べたようなんですが、ふたりとも有効なパスポートをもっておりません。菜穂子のパスポートは、有効期限が切れてたようで、秋山は、パスポートを取得したことさえありません」
「事件のあと、いずみやは、どうなったのですか?」
「倒産しました。社長の和泉が殺され、専務の菜穂子がいなくなったため、常務の横山が残務処理をしたようです――」
マルチ商法により一時は経営を再建できたものの、事件当時いずみやは、すでに経営にいき詰っていた。さらに、マルチ商法で殺人事件を引き起こしたことから、買収や吸収してくれる企業も現れず、いずみやは、自己破産するほかはなかった。
会社が所有する資産や土地建物、それに抵当に入っていた和泉の自宅が競売にかけられ、競落された代金が、債権者と被害を受けた会員に支払われることになった。
結果的に被害を受けた会員は、僅かな残金が分配されただけで、会社は自己破産により消滅し、甚大な被害を生み出したマルチ商法による詐欺事件は、うやむやとなってしまった。
「結局、マルチ商法による詐欺罪の刑事訴追は、行われなかったのですね?」
「社長と専務がいなくなったんで、詐欺罪の立証が難しいと判断し、送検が見送られたようです」
「当時の事情を知る社員は、いないのですか?」
「社長の和泉幸彦と専務の菜穂子以外のいずみやの正社員は、横山と森田、それに菜穂子と駆け落ちしたといわれてる経理担当の秋山翔太を除くと、生鮮食品を担当してた
黒田は、先代から長く勤めてた社員で、倒産後、故郷の三重の桑名に戻ったようです。山名については、その後の行方がまったくわかっておりません」
「できれば、そのふたりに当時の事情が聞ければ、いいんですがね」大輝が提案する。
「行方不明の山名孝昌はともかくとして、黒田哲三については、住所がわかっておりますので、早速連絡をとって事情を聴取するつもりです」神代が同意する。
「それと、社長の和泉の家族は、どうなったのですか? 妻以外にも家族がいたはずだと思うのですが……」
「ええ、和泉夫妻には、当時小学6年の息子と4年の娘、それに幸彦の母親の3人の家族がいました。高齢の母親は、事件後の心労で倒れ、半年後に死亡しております。ふたりの子どもは、親類に引きとられたようなんです」大輝の質問に長岡が答える。
「その子どもたちは、今、どこで暮らしてるんですか?」
「詳しいことはわかっておりません。すぐ調べてみます」
「検事、そこまでして、12年前の事件、調べ直す必要がありますかね?」署長の池田が口を挟む。
「まだなんともいえませんが、今のところまったく手がかりがありませんから、その手がかりを見つけるためにも、12年前の事件を調べ直すのがいいのではないか、という気がするだけです」大輝が答える。
打ち合わせを終えると、すぐに長岡は、真宮警察署刑事課の北島を伴い、真宮発の特急ワイドビュー南紀に乗車し、桑名に
JR桑名駅に降り立ったふたりは、客待ちしているタクシーをつかまえ、桑名市の西部、
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