第17話 いずみや社長夫妻の遺児の消息が判明!

 お燈まつりから9日後の月曜日。

 昼すぎ、いずみやの社長夫妻の残された子どもの消息が判明したと、神代から連絡が入り、夕方、真宮警察署の署長室で報告を受けることに。

 大輝が署長室に入ると、池田署長、神代、長岡、八田の4人がスタンバイしている。


「早速ですが、報告させてもらいます」

 大輝がソファーに座るのと同時に長岡が立ちあがり、ホワイトボードを使って報告を始める。

「いずみやの社長、和泉幸彦と菜穂子夫妻の残された子ども、矢代謙一と彩佳の事件後の消息について、ですが……」

 長岡から『矢代』という苗字を聞いた瞬間、大輝の胸が大きく波打つ。

「ちょっと、待ってください。今、矢代といいましたが、和泉ではないんですか?」

「ええ、ふたりの子どもは、祖父母の養子になってるんで、姓は和泉でなく、矢代なんです」

「ということは、娘さんは、矢代彩佳なんですね」ハナの飼い主の女性が、いずみやの社長夫妻の子どもだったとは、大輝には信じられない。

「そうですが、検事のお知りあいですか?」

「いっ、いえ……。あっ、いいです。続けてください」なんとか大輝は、その場をとりつくろうが、胸の鼓動は治まらない。


 長岡が報告を続ける。

「事件後、謙一と彩佳は、菜穂子の実父母、謙一と彩佳にとって祖父母にあたる矢代剛造ごうぞう千鶴ちづる夫妻に引きとられたようです――」

 矢代剛造と千鶴は、長く真宮に居住しており、ひとり娘の菜穂子が地元の高校を卒業したあと、名古屋の大学に進学してからは、夫婦ふたりで暮らしていた。

 夫婦の子どもは菜穂子だけで、その菜穂子も、大学卒業後、名古屋市内のデパートに就職し、そのデパートで知りあった和泉幸彦と職場結婚したため、真宮に戻ってくることはなかった。


 謙一と彩佳を引きとった剛造と千鶴は、直ちに養子縁組をして、法律的に自ら夫婦の子どもにする。和泉という姓のままでは、いずみやの事件の関係者であることが、世間に知れ渡ることを恐れたからだと推測できる。姓を変えるためわざわざ孫を子として養子縁組したのではないかと。

 引きとられた当時、謙一は小学校6年生、彩佳は4年生。名古屋の小学校から転校手続きがとられ、真宮市内の小学校に編入している。そのあと、ふたりとも地元の公立中学校、高校に進学。謙一は、高校卒業後、大阪の大学に進学し、真宮を離れ、大阪でひとり暮らしを始める。


 剛造の親しい幼馴染みから聞いた話では、謙一は、名古屋の大学に進学しようとしたが、名古屋にいくことに剛造が強く反対する。おそらく事件が起こった名古屋に謙一を近づけたくなかったのではないかと。大阪か、さもなければ、東京にしなさいという剛造の意をんで、謙一は大阪を選ぶ。

 2年後、彩佳は、高校卒業後、大阪の美容専門学校に進学。彩佳が大阪にきてからは、ふたりでアパートを借りて住んでいた。

 ふたりとも祖父母の負担を少しでも軽減するため、奨学金を借り、アルバイトをしながら大学や専門学校に通ったという。これも、剛造の親しい幼馴染みから聞いた話。


 さらに2年後、大学を卒業した謙一は、大阪市中央区の淀屋橋に本社がある、『土佐堀とさぼり商事』という会社に就職。従業員120人程度で、ヨーロッパからの輸入雑貨を扱う中堅どころの商社。住まいは、彩佳と一緒に暮らしていたアパートを引き払い、今は、豊中市の緑地公園近くのワンルームマンションでひとり暮らし。


 他方、専門学校を卒業した彩佳は、無事に美容師の免許を取得することができ、真宮の『マリア美容室』という美容室に見習いとして就職。この美容室は、祖母千鶴のいきつけの美容室で、彩佳が専門学校に進学する際、美容師の免許がとれたら、雇ってもらえるよう千鶴が手配していた。

 彩佳は、大阪の専門学校に進学しても、卒業後は、真宮に戻り、再び祖父母とともに暮らすことを考えていたようだ。ところが、3年前祖母の千鶴が亡くなり、彩佳が真宮に戻ったときは、祖父の剛造しかいなかった。その剛造も1年前に亡くなり、今は、祖父母の家でひとり暮らし。


「矢代家では、生活費や教育費など、どない工面したんやろか? よっぽど資産でもあったんかいなぁ? 祖父母が孫を養うていうても、年齢的に大変なことやろ?」長岡の説明が途切れるのを見計らって、池田署長が尋ねる。

「矢代剛造には、資産といっても、住んでた家屋敷しかなかったようなんです。

 謙一たちを引きとったとき、剛造は、すでに定年で長く勤めた魚肉の缶詰工場をやめて、年金暮らししてたようなんです。

 しかし、ふたりが進学するとなると、金がかかるんで、やめた工場に事情を話し、再雇用してもらい、再び働き始めたようなんです。それも70までで、70を超えてからは、シルバー人材センターに登録して働いてたようなんです。なんやかんやと、剛造は、謙一と彩佳が卒業するまで働いてたようです」

「そうやろなぁ、孫ふたりも進学させるんは、大変やったと思うわ。

 なんせ、この辺から大学に進学させるとなると、どうしても下宿させなあかんからなぁ。学費のほかに仕送りやなんやかんやで、よけい金かかるからなぁ」

 子供の進学の話になると、身にまされる思いの池田は、剛造に同情する。


「以上が、謙一と彩佳の事件後の消息ですが、実は、聞きこみで興味深いことが聞けました。

 お燈まつりの当日、この日、横山宏美が殺害されたんですが、謙一が真宮にきてたんです。翌日の午前中、1年前亡くなった剛造の一周忌の法要が行われ、それに列席するため真宮にきてたようです」

「それは、間違いないですか?」大輝が念を押す。

「ええ、間違いありません。

 法要に列席した剛造の幼馴染みの話では、謙一は、お燈まつりの当日、2月6日の夕方、真宮にきて、翌日の午前中に行われた一周忌の法要に出たあと、午後の特急で大阪に帰ったようです」

「検事、可能性が出てきましたね」呆然ぼうぜんとしていた大輝に神代が問いかける。

「えっ、ええ……」


「どうかしましたか? もしかして、検事は、矢代彩佳とお知りあいじゃないですか?」大輝の反応が鈍いのを怪訝けげんに思った神代が尋ねる。

「いえ、知りあいとまでいえませんが、顔見知りです。彼女も犬を飼ってて、ときどき散歩の途中で見かけるので、挨拶を交わしたりする程度です。先日も、いきつけの動物病院で会ったばかりですが……」

「どんな人ですか?」

「普通のお嬢さんです。とてもあのような事件にった人とは思えない、天真爛漫てんしんらんまんな明るい女性ですよ」

「そうですか。それで、これからどうしましょう?」

「とりあえずふたりから事情を聴取しましょう。事件当日のアリバイを含めて話を聞くことに」

「わかりました。早速手配します。アリバイの確認もありますので、ふたり同時にあたることにします。早ければ、明日の午前中にでも聴取できればと」神代が答える。


 今後の捜査方針が決まり、一同が沈黙したところで、八田が大輝に同意を求める。

「検事、山名のこと、報告させてもろても、ええですか?」

「かまいません。お願いします」

「残念ながら山名の行方、まだわかっておまへんが、事件後の消息つかめたんで、報告させてもらいます――」八田が、長岡と交代して報告を始める。

 山名は、いずみやの倒産後、故郷の尾鷲に戻っていた。実家は人手に渡り、親類縁者もいないが、元実家の近所に住んでいる幼馴染みを見つけ、話を聞くことができた。


 その幼馴染みの話によると、山名は、12年前尾鷲に戻り、かつて同業者だった人の伝手つてを頼り、尾鷲のスーパーに再就職する。いずみやで食料品を扱っていた経験が認められたようで、同じような仕事をすることに。その頃、なんでも、自分がつぶしてしまった和菓子屋を再建するのだといっていたという。

 その人も、最初は冗談でいっているのだと思ったが、3年後、実際に貸店舗を借り受け、菓子職人を雇い入れて商売を始めたという。ところが、潰した実家の店は、JR尾鷲駅前の商店街にあって、立地条件がよかったが、始めた店は、駅からかなり離れた住宅街にある店舗で、あまりよい立地とはいえなかった。商売を始める前から、すぐに潰れるのではないかと噂されていたようだ。


「山名が店を再建させたのは、いずみやの事件の3年後に間違いないですか?」大輝が確認する。

「ええ、間違いおまへん。念のため仲介した不動産屋に調べてもろて、契約日を確認しましたから」

「それで、山名は、再建の資金をどうやって調達したと、いってたのですか?」

「元同業者や不動産屋の話では、山名は、遠い親戚がうなって、遺産が入ったというてたそうです」

「遺産、ですか……。もっともらしい理由ですね」


「検事、これで、横山と森田、山名の3人が、和泉菜穂子と秋山翔太がもち逃げしたとされる2億円の金を山分けしたという可能性が高くなりましたね」ニンマリした神代が大輝に微笑む。

「ええ、3人が3人とも、出所が不確かな資金を使って、同じ時期に商売を始めたわけですから。おそらくその金がいずみやから奪った2億円であるのは、間違いないでしょうね」

「そうすると、金をもち逃げしたとされる菜穂子と秋山は、横山らに殺されてる可能性も高いですね」

「僕もそう思います」大輝が即答する。


「それで、そのあと山名は、どうしたんですか?」

「立地条件の悪い場所で、しかも雇った職人も褒められた腕前でなかったようで、2年ももたずに潰してしもたようです。不動産屋がいうには、貸店舗の賃貸借契約は2年で、一度も更新されんと、契約が満了したというてました。

 山名は、和菓子屋の家に生まれながら、職人としての技術がのうて、商売するんも、職人を雇わんとできんかったようなんです。

 新しい店も潰してしもた山名は、逃げるように尾鷲から姿を消したようなんです。そのあとの行方は、まったく不明ですわ」


「そうすると、山名の所在は、依然として手がかりがないということですか?」

「いえ、元妻の名前と実家がわかりました。

 離婚した山名の元妻は、木村きむら節子せつこ。旧姓に戻してます。

 実家の兄貴の話では、高校生になるひとり息子と松阪で暮らしてるそうです。仕事は、保険の外交員やってるといってました」

「その元妻と連絡は、とれるのですか?」

「ええ。携帯の番号聞き出したんで、連絡とって、事情聞こうと思てます」

「よろしくお願いします。なんとしても山名を見つけてください」



 この日、帰宅が遅くなった大輝は、とり急ぎケントの散歩をすませ、ケントに食事を与えたあと、夕食を食べるため『キャロット』に向かう。食事の支度が面倒になったからだ。

 カウンター席に座ろうとすると、先客がいる。先輩検事の秋本修平だった。

「どうしたんですか? 秋本さん」隣に座りながら大輝が声をかける。

「どうもしてないよ。飯食ってるだけだよ」生ビールのジョッキを片手に少し驚いた秋本が答える。

「君こそ、どうしたんだね」

「帰りが遅くなって、食事をつくるのが面倒になってしまって……」

「自炊してるんだ。マメだね。俺なんか、家でつくれるのは、カップラーメンだけだよ。毎日どこで飯食うか、考えるだけで滅入めいってしまうよ。こんな田舎だから、飯食うところも少ないしね」


 ちょうどマスターの奥さんが注文をとりにきたので、大輝は、ピラフセットをオーダーする。

「そういえば、秋本さんは、単身赴任なんですね」

「そうだよ。もう1年半になるよ。ここに赴任するとき、女房が嫌がって、ついてきてくれなかったんだ。娘を田舎の学校なんかにやりたくないって」

「娘さんは、何年生なんですか?」

「小学校の1年生」

「まだ1年生ですか。それならここで子育てしたほうがいいんじゃないですか。自然がいっぱいあふれてますから、のびのび育ちますよ」

「俺も、そう思うよ。幼いうちは、こっちのほうが娘にとって、いいだろうと。でも、女房が、ウンっていわないんだよ。娘より女房のほうが、こんな田舎で暮らしたくないんだろうよ」

「そうですか。それでは、仕方ありませんね」


「ところで、例の事件、どうなった?」

「それが……、捜査が、あまりはかどらなくって――」

 大輝は、これまで判明した事実関係をかいつまんで報告する。

 今回真宮で起こったふたつの殺人事件は、同一犯による連続殺人で、12年前名古屋で起こったいずみやの事件が深く関連している。

 当時、2億円の金をもち逃げしたとされる和泉菜穂子と秋山翔太が、実は殺されていて、今回の事件の被害者である横山宏美と森田保がふたりを殺し、2億円を横どりして山分けした可能性が高い。

 そうであるならば、今回の事件は、12年前殺されている可能性が高い和泉菜穂子の遺族による復讐ではないかと、推理して捜査を進めていることもつけ加える。

 そして、殺された横山のコートのポケットに犬山大社のお守りが入っていたことが気になることも。


「そのお守りが気になるなぁ。なんか、犯人からのメッセージとも受けとれるからなぁ」ひととおり大輝の報告を聞いた秋本がつぶやく。

「そうなんです。僕もそう思います。仮に僕たちの復讐説の推理が正しく、12年前2億円もち逃げしたとされる菜穂子と翔太が、すでに殺されてたとすると、おそらく遺体を埋めたところを暗示してるのではないかと……」

「それで、君は、その犬山大社を捜索したいのだろう?」

「そうなんです。できれば、今すぐにでも捜索して遺体を見つけ出したいんですけど……」

「でも、それは無理だなぁ。県内であれば、なんとかなりそうだけど、管轄が違う愛知県だとすると、簡単な話ではないよ。単なる憶測だけで、県警のお偉いさんが、頭を下げて他県に捜査協力を依頼するなど、絶対しないよ。もっと強力な証拠や証言がないとね」

「そうですよね」大輝も同感である。


「それで、今後の捜査は、どうするの?」改まって秋元が尋ねる。

「いずみやの社長夫妻のふたりの子どもが見つかりましたので、明日にでもあたるつもりです。それと、2億円山分けしたのは、横山と森田のほかに、もうひとり山名孝昌という元従業員がかかわってる可能性が高く、その山名の元妻が見つかったので、事情を聞くつもりです。

 いずれにしても、12年前の事件の真相が明らかになれば、今回の事件は、解決できると思いますよ」

「まあ、がんばってくれたまえ!」

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