第25話 犬山大社で白骨遺体が発見される!

 お燈まつりから16日後の月曜日。

 神代の県警上層部への説得が功を奏し、ようやく愛知県警に対する和泉菜穂子と秋山翔太の遺体捜索の協力要請が出され、正式に愛知県警に通達される。これを受けて、真宮警察署の捜査本部では、遺体捜索に立ちあわせるため、長岡と八田が現地に派遣されることに。

 犬山大社に向かう前に打ち合わせたいと大輝から申し出があったので、長岡と八田は、出発前に検察庁の大輝の執務室に顔を見せる。


「さすが神代さんですね、見事上層部を説き伏せましたね」大輝が神代を絶賛する。

「ええ、さすがです。普段は温厚で紳士的な神代ですが、ここ一番では、かなり強引なところがありますからね。おそらく協力要請に自分のクビ、かけたんじゃないかと思いますよ」笑いながら長岡が率直な感想を述べる。

「ほんとですか? クビまでかけたんですか?」

「いえいえ、俺らの勝手な想像ですよ。でも出さんと、真宮に戻らんくらいは、いったと思いますね」

「そうですね。そのくらいはいってますね。そうでないと、面子めんつを重んじる県警の上層部が、簡単に許可するとは思えませんからね……」苦笑いの大輝が同調する。


「それで、犬山大社での捜索の件ですが、……」真剣な表情に戻った大輝が、捜索のポイントをふたりに説明する。

闇雲やみくもに雑木林一帯を掘り返しても、なかなか見つからないでしょう。時間があまりありませんから、今回は、ピンポイントで捜索するようにしてください。

 まず12年前の状況に詳しい人に立ちあってもらい、森田が車を停めた場所を推理して特定してください。入口が数箇所あれば、名古屋方面から一番近い入口に絞っていいと思います。

 いくら犬山の地理に詳しい森田でも、雑木林の中は知らなかったはずです。深夜で街灯もない暗闇の中を無理して入っていくことはしなかったでしょう。万一なにかに乗り上げ、車が動かなくなったら、大変ですから。そのあたりを考慮して、推理してみてください。


 車を停めた場所を特定できたら、そこから半径3メートル~20メートルに限定してもいいと思います。遺体を埋めるわけですから、近すぎると見つかりやすいし、遠すぎると運ぶのが大変なはずです」

「わかりました」長岡と八田が声を揃えて返事する。

「それから、ふたりは夜明けまでに戻ろうとしてましたから、そんなに深く掘る余裕がなかったはずです。穴を掘るといっても、慣れてない人にはかなりの労力ですから、深さもせいぜい1メートルが限界だと思います。

 ですから、車を停めたと推測される場所から半径3メートル~20メートル、深さ1メートルが捜索範囲です。

 事件の解決が、この捜索にかかってます。なんとしても菜穂子と翔太の遺体を見つけてください。お願いします」

「ようわかりました。全力を尽くします」決意を新たにした長岡と八田は、検察庁をあとにして犬山大社に向かう。



 この日の午後、殺人容疑で送検され、身柄を検察庁に移された百合子の取り調べが行われる。警護員に伴われて百合子が、検察庁の大輝の執務室に入ってくると、

「けっ、検事さん……」大輝の顔を見た瞬間、百合子が驚いた表情をする。

「秋山さんの事件は、僕が担当することになりました」大輝が笑みを返す。

「検事さんがうちを担当してくれはるんですか……。それは、どうも……」といって戸惑う百合子を気遣いながらも、大輝は、これまでの警察での取り調べ状況を確認すると、最後に付け加える。

「秋山さんには、まだまだ聞かなければならないことがたくさんありますので、裁判所に対して拘留を請求します。これが認められると、あなたの身柄が10日間拘束されることになりますので、そのつもりでいてください」

「わっ、わかりました……。検事さん、早う菜穂ちゃんと翔太見つけてください。お願いします」

「それについては、今、全力であたってます。もう少し待ってください」


 同じ頃、愛知県警の協力を得て、犬山大社の雑木林で大がかりの遺体捜索が始まる。事前に大輝が指示したとおり森田が車を停めたとされる場所を推理し、その周辺から重機を使って掘り返すが、遺体は依然として見つからない。日没であたりが暗くなり、作業に支障をきたすようになったため、作業をいったん中止し、翌日再開することになった。



 お燈まつりから17日後の火曜日。

 昼前犬山大社に派遣された長岡から、雑木林で白骨遺体が2体発見されたという連絡が捜査本部にもたらされる。遺体は、死後10年以上経過しており、おそらく事件直後に殺された和泉菜穂子と秋山翔太の遺体と推測される。直ちに遺体のDNA鑑定が行われた。DNA鑑定に必要な検体は、予め秋山百合子と矢代彩佳から毛髪の提供を受けていた。


 午後、遺体発見を百合子に知らせるため大輝は、百合子を取り調べることに。

 警護員に伴われて百合子が大輝の執務室に入ってくると、開口一番、「秋山さん、犬山大社で遺体が見つかりましたよ」大輝が百合子に教えてやる。

「ほんまですか? ほんまに見つかったんですか?」

「ええ、ほんとです。さっき犬山から連絡がありました。これからDNA鑑定を行うので、まだ和泉菜穂子さんと秋山翔太さんだと断定されたわけじゃありませんが、ほぼ間違いないと思います」

「おおきに。ほんまにおおきに……」涙ぐんだ百合子は、声を詰まらせながら「よかった。ほんまによかった……」と繰り返し、安堵あんどの表情を浮かべる。


 百合子が落ちつくのを待っていた大輝は、笑みを浮かべて百合子に話しかける。

「事件のこと、話してくれますよね?」

「ええ、もちろんです。これで菜穂ちゃんと翔太も浮かばれますよって……。うちがやったこと、知ってること、すべてお話しします」百合子が、居住まいをただして大輝と向きあう。

「孝昌が正月にきたとき、なんとしても森田さんの居場所見つけるよう頼んだんですよ。菜穂ちゃんと翔太見つけるには、もう森田さんしかおらんからです。そんで、孝昌からの連絡待ってたんよ。そしたら――」


 山名でなく、東京の町屋警察署から連絡が入ったという。山名が歩道橋から転落死したという連絡が。元妻の木村節子が遺体の引き取りを拒んだので、実姉の百合子に連絡したようだ。

 すぐに百合子は、圭太とともに町屋署に駆けつけ、山名であることを確認し、遺体を引きとる。警察の人から、区営の葬儀所を紹介してもらい、形ばかりの葬儀を執り行ったあと、遺体を火葬し、遺骨にして真宮にもち帰ったという。

「ほんまは、久志ひさしだけでも、葬儀に参列させたかったんやけど……。節ちゃんが、遺体の引き取り断ったんやと聞いて、連絡すんのやめたんよ。

 でも今になって、久志にとって孝昌は実の父親や。最後のお別れくらいさせてやっても、よかったんやないかと後悔してるんです」百合子は、涙ぐみながら当時の心境を語る。


「真宮に帰って、孝昌の遺品整理してたら、ジャンバーのポケットから横山さんの名刺、出てきたんよ。どこかの会社の社長さんの名刺やったと思います」

 百合子は、山名が借りていたアパートを引き払うため、家具や家電の処分を大家に頼み、身の回りのものは、あとで整理するつもりでダンボールに詰め、宅配便で自宅に送っていた。

「その名刺に電話番号あったんで、電話してみたんですよ。2回かけたけど、いてへんかったんで、こっちの番号へかけ直してもらうよう頼んだんです。そしたら2日ほど経ってから、横山さん電話くれました」

「それで、横山とどんな話をしたのですか?」

「孝昌が死んだこと話して、孝昌から昔森田さんに大変お世話になってたと聞いてたと嘘ついて、森田さんに知らせたいんで、連絡先教えてほしいと頼んだんです」

「横山は、なんと?」

「すぐにはわからんけど、調べてやるといってくれたんです。3日くらい経って、森田さんがやってるラーメン屋の電話番号、教えてくれはりました」


「そのあと、どうしたんですか?」

「すぐ森田さんに電話しましたよ。でも何回かけても出てくれへんので、店の人にうちが山名孝昌の姉で、孝昌から死ぬ前に聞いたことで相談したいと伝言、頼んだんよ。そしたら、すぐ電話かかってきました。それが2月5日の昼頃でした。

 うちがそっちに会いにいくといっても、こられても困るから、もうちょっと待ってくれといいました。でもほったらかしにされるのも嫌やったんで、会ってくれへんのなら、警察に相談にいくといったら、森田さん、慌てて夜にでも真宮にいくからそこで会おうといわはったんです」

「それで、森田が2月5日夜真宮駅にきたのですね」

「そうなんです。名古屋出るとき、電話くれたんで、駅前の徐福公園で会うことにしたんです」


「それでどうしたんですか?」

「しばらく徐福公園で森田さんと話しました。最初森田さん、なんのことかさっぱりわからんっていうて、とぼけてましたけど、うちが孝昌から菜穂ちゃんと翔太の遺体、犬山大社に埋めたことを聞いてるというたら、しばらく考えこんでました。

 うちは、埋めた場所さえ教えてくれたら、森田さんのこと、絶対警察にいわへんからと説得したんよ。そしたら、ウンとはいうてくれへんかったけど、渋々しぶしぶ承諾してくれたんやと思て、森田さんを車に乗せました。

 いつまでも徐福公園にいるわけにもいかへんので、とりあえず車を走らせました。うちは、森田さんが場所教えてくれるんやったら、このまま犬山まで森田さん連れていくつもりでしたから……」


「森田を車に乗せたのですね?」

「そうです。森田さん、車の中でひと言も喋らなんだけど、うちは、教えてくれるもんやと思て、犬山に向かいました。そしたら……」

「そしたら、どうしたんですか?」

「瀬原橋まできて、赤信号で車停めたとき、森田さん、急に逃げ出したんよ。車降りて、走って橋渡ろうとして……。

 うちびっくりして、車で追いかけたんよ。そしたら橋の真ん中あたりで、森田さん、よろけたと思たら、その勢いで橋の欄干超えて、川に落っこちてしもたんよ。

「よろけて落っこちた? 自分で川に落ちたというのですか?」

「そうなんです。うちが車で追いかけたんも、いかんかったんですが、足もとがふらつくくらい酔ってたのに、急に走り出したもんやから、バランス崩して……。森田さん、けっこうお酒飲んでたみたいで……。徐福公園で話してても、かなり酒臭かったから……」


「そのとき、なぜ警察に通報しなかったのですか?」

「今考えたら、そうですよね。すぐ通報してれば、森田さん、助かってたかもしれへんですね。でも、そんときは、最後のりどころだった森田さんがいなくなって、頭が真っ白になって……。ほんま、申しわけないことしてしもて……」

「それからどうしたのですか?」

「わかりません……。どこをどう走ったのか覚えてません……。気がついたら、家に帰ってました……」と答えた百合子が、突然胸を押さえ、苦しみ出す。

「秋山さん、どうされました? どこか具合でも悪いんですか?」

「だっ、大丈夫です。昨夜ゆうべあんまし寝られんかったんで、体調が悪いだけです。心配ありませんから……」

「そうですか……。でも、今日は、この辺で終わりにしましょう。体調がすぐれないようですから。明日、この続きを聞かせてください」

 大輝がねぎらいの言葉をかけると、百合子は、警護員に体を支えてもらいながら退出していった。

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