第24話 犬山大社の捜索に県警本部が難色を示す!

 お燈まつりから2週間後の土曜日。

 午前中、神代と八田は、前日逮捕された秋山百合子を真宮警察署の捜査本部で取り調べる。

 百合子の取り調べでは、神代は、どのような経緯で菜穂子と翔太が犬山大社に埋められていることを知ったのかを問いただすが、百合子は、「今は、まだいえません。犬山大社を捜索して、早う菜穂ちゃんと翔太、見つけてください。お願いします」と、繰り返すばかりであった。


 それまで黙って記録をとっていた八田が、しびれをきらして百合子に話しかける。

「あんたのいうこと、信用してへんとはいわん。いわんが、もうちっと詳しく話してくれへんと、どないもならんのや。

 警察には管轄ってもんがあってな、わしら和歌山県警のもんが、犬山大社までいって勝手に掘り返すわけにはいかんのや。きちんと和歌山県警から愛知県警に捜索を要請せんと、遺体を見つけられへんのや。わかってくれるやろ」

「……。わかります……」といって、百合子はうなずくが、言葉が出ない。


「12年前の事件の真相を山名から聞いたのではないですか? そうなんでしょう?」いいにくそうにしている百合子を見越して、神代が助け舟を出す。

「……。そっ、そうなんです……。

 じっ、実は、孝昌が突然うちの家にやってきたんよ。今年の正月やった。その前うたんは、確か、和泉社長の葬儀のときやったと思います。そやから、あの子の顔見るんは、12年ぶりやった――」ようやく百合子の重い口が開き始める。


 百合子は、家に入ってきた山名の顔を見たとき、山名とは気づかなかった。そのくらい齢をとり、おとろえ、頬が落ちこみ、人相が変わっていた。12年前の事件以来、山名とは、ほとんど音信不通。忘れた頃に電話を寄こす程度で、一度も顔をあわせていない。百合子が真宮に引っ越してからは、電話番号が変わったこともあり、電話さえ一度もなかったという。

 百合子が真宮の実家に戻っていたことを知らなかった山名は、先に勝浦の家を訪ねるが、すでにその家は売却され、他人が住んでいた。かつて面識があった隣人に百合子の転居先を聞き、訪ねてきたらしい。


 百合子が「なんか用でもあるんか?」と尋ねても、山名は、「久しぶりに姉ちゃんの顔を見たかっただけや」としかいわない。ところが、一緒に夕食を摂り、酒が進むにつれ、少しずつ自分の近況を話し始める。

 今は、東京の町屋でアパートを借りてひとりで住み、日雇い労働で日銭を稼いでいる。それなりの暮らしをしているようで、金に困っている様子はなく、身なりもそんなにみすぼらしくも見えなかった。

 百合子がいまだに翔太が帰ってくるのを待っていることを知ってからは、山名の表情が変わり、酔いがまわるにつれ、12年前のことを少しずつ語り始める。

 百合子がもっとも驚いたのは、翔太がすでに死んでおり、遺体は、犬山大社の雑木林に埋められていることを山名の口から聞いたときだった。


「ほんま驚きました。翔太が生きてないやろと、覚悟してましたが、遺体が犬山大社に埋められてて、それに孝昌がかかわってたなんて、ほんまビックリしました。

 そんで、あの子、うちに顔向けできんかったんで、12年もの間、顔見せんかったようなんです」百合子が胸の内を吐露とろする。

「それで、山名は、事件にどのようにかかわったと、話したんですか?」神代が改まって尋ねる。

「あの事件の日、警察の事情聴取受けたあと、孝昌は、いったん家に帰ってたようなんです。そこに森田さんから電話があって、至急事務所にきてくれと呼び出しを受けたようなんです。事務所にいったら、横山さんから、菜穂ちゃんと翔太が死んだんで、遺体の処分手伝ってくれといわれ、うまく処分したら、5000万くれるといわれたらしいんです」


「それで、山名はどうしたんですか?」身を乗り出し神代が尋ねる。

「孝昌は、なんで死んだんやと、聞いたようなんですが、横山さんは、なんもいわんと、ただ死んだだけやと。このままやと、店潰れてしまうんで、今のうちお金山分けしようと、もちかけたようなんです。

 孝昌も、すでに菜穂ちゃんも翔太も死んでると聞かされたんで、渋々しぶしぶ手伝うことにしたようなんです。5000万ほしかったんも事実やったんで……。

 あの子、5000万あれば、潰してしもた山名屋を再建できると、思たようです――」


 そのあと、山名は、いわれるままに森田が運転する横山の車に同乗する。菜穂子と翔太の遺体は、すでに車のトランクの中に運ばれていたという。山名が事務所にくる前、横山と森田の手で事務所から運び出されていたようだ。

 森田は、どこへいくともひと言も山名に告げず、ひたすら車を走らせる。ときどき「あそこしかないやろなぁ……」とひとり言をつぶやきながら。深夜で交通量が少なく、30分ほどで目的地に到着する。森田は、鬱蒼うっそうと木が生い茂る雑木林の中に車を停めていた。

 背後に大きな社殿が見えるので、どこかの神社だと思った山名は、「ここは、どこや?」と森田に尋ねると、「犬山大社や」とだけ答えたという。

 車を降りた森田は、山名を伴ってあたりを物色するように歩き回ると、「ここや、ここにしよう」といって、車まで引き返す。車からスコップをとり出し、そのあとは、ふたりでひたすら穴を掘る。汗だくになりながら掘り終えると、車のトランクからブルーシートに包まれた遺体2体を運び出し、掘った穴に入れ、掘り出した土を埋め戻す。夜が明けるまでに戻らなければならないので、かなり急いで遺体を埋めたという。


「それで、その遺体は、和泉菜穂子と翔太さんに間違いなかったのですか?」神代が百合子の供述を遮って確認する。

「そっ、それは、わかりません。うちも気になって、孝昌に確認したんよ。

 でもあの子、ブルーシートに包まれた遺体、運び出しただけで、それが菜穂ちゃんと翔太だったか、わからんというてました。孝昌が事務所にいったとき、ふたりともブルーシートに包まれ、車のトランクに入れられてたんで、確認のしようがなかったんやと思います。でも翌日店に出てみると、いなくなったんは、菜穂ちゃんと翔太だけやったんで、あの遺体は、ふたりに間違いないやろうというてました」

「わかりました。話を続けてください」


「あの子、正月にうちとこにくる前、犬山大社にいったようなんです。どこに埋めたかを確かめるために。でも、わからんかったようです。

 あの日、車運転してたんは森田さんでしたから。孝昌は、車に乗せられて、森田さんにいわれるまま穴掘っただけなんです。はじめていく場所で、しかも夜だったこともあって、ほとんど記憶がなかったようです。12年も経ってるんで、よけいわからんようになってて、どこに埋めたんか、皆目見当つかんかったようです」

「もしかして、横山がもってたお守り、山名がもってきたんと違うか?」ピンとひらめいた八田が尋ねる。

「そうです。あの子正月にきたとき、犬山大社のお守り、もってきたんよ。翔太を埋めたままほったらかしたのを悪いと思たようで、そのお守り、うちとこに置いて帰ったんよ」

「それを横山のポケットに入れたのですか?」今度は、神代が尋ねる。

「そっ……、それは……」


「それは、いずれまた聞きます。

 それで、山名は、犬山大社のどこに遺体を埋めたといったのですか?」神代が肝心の埋めた場所を確認する。

「それは、さっきもいうたように、孝昌は、森田さんのいわれるまま穴掘っただけで、どこの場所か、わからんようで、ただ木がこんもり茂った雑木林のような場所だったとしか……。それ以外、まったく覚えておらんというてました」

「雑木林ってか? それしかわからんのか?」八田がため息を漏らす。

「ええ、あの子が話してくれたんは、それだけです」

「……」今度は、神代が黙りこむが、気をとり直して「わかりました。なんとか遺体の捜索ができるよう手配してみます」

「お願いします。早う見つけてやってください。そうやないと……」百合子が目に涙を浮かべて哀願する。


 ひとまず百合子の取り調べを終えることにした神代は、愛知県警に対する菜穂子と翔太の遺体捜索の協力要請を、直属の上司である県警の刑事一課長にかけあう。

 刑事一課長には、逐一ちくいち捜査の進捗状況を報告しているので、電話で百合子の供述を報告し、事件の解明には、どうしても犬山大社の捜索が必要であることを力説する。当然のことながら他県警に対する協力要請を課長レベルが判断できるはずがなく、上司と相談してみるから、しばらく待てという返事。すぐには聞き入れてくれないと予想している神代であったが、のんびりかまえられても困るので、「至急お願いします」とだけ付け加える。

 その日の夕方、催促するため再度刑事一課長に電話を入れるが、刑事一課長は、「検討中だ」としかいわない。あせる気もちを抑えつつ、神代は、「できるだけ早くお願いします」というのが精いっぱいだった。



 お燈まつりから15日後の日曜日。

 午前中、刑事一課長からの朗報を待っていたが、電話がかかってくる気配はなく、痺れをきらした神代は、午後三度みたび刑事一課長に電話を入れる。

 刑事一課長は、難しいというだけで、詳しいことはなにも話してくれない。おそらく正式な協力要請を出すにあたり、県警の上層部がウンといわないのだろうと予測できる。百合子の供述だけでは、遺体が埋まっている蓋然性が低く、埋めたとされる場所も、山名本人が死亡しているため特定することもできない。万一空ぶりであったら、和歌山県警のいい面汚しになるからだ。


「課長、私がこれからそちらに戻りますので、直接刑事部長にお願いしてもよろしいですか?」一歩も引かない神代が、課長ではらちがあかないので、県警の上層部に直談判する許可を求める。

 刑事一課長は、この神代の申し出をすぐには了解しなかった。しかし、菜穂子と翔太の遺体が見つからない限り、百合子がなにも話そうとしないので、事件を解決できないのは明らかだ。神代が執拗しつように懇願すると、最後は刑事一課長が折れ、直談判を渋々了解する。


 この日、殺人容疑で逮捕された百合子は、和歌山地検真宮支部に送検される。以後の捜査は、担当検事である大輝が指揮することになる。

 急遽和歌山に戻ることになった神代は、電車に乗る前、大輝に電話を入れる。

「これから和歌山に帰ります。明日にでも、刑事部長に会って、直接愛知県警に遺体捜索の協力要請を出してもらえるようお願いしてみます」

「これからですか? それは、それは、ご苦労さまです。ぜひ協力要請を出してもらってください」

「ええ、がんばってみます。面子めんつにこだわってる場合じゃないですからね」

「そうですよ。面子なんて、捨てちゃってください」

 大輝に励まされた神代は、真宮発和歌山行きの特急くろしおに飛び乗る。

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