第23話 百合子が殺人事件の犯行を自白する!
お燈まつりから13日後の金曜日。
早朝、八田と北島は、秋山百合子の事情聴取を行うためにこにこ動物病院に赴く。
診察前の動物病院は、入口の自動ドアは閉ざされたままで、ガラス張りの院内にはカーテンが引かれている。
入口の脇の路地を入ると、勝手口がある。呼び鈴がないので、ドアを叩きながら北島が「おはようございます。秋山さん、いらっしゃいますか?」と呼びかける。
「はーい!」中から女性の声が聞こえ、しばらくすると、勝手口のドアが開く。
「秋山百合子さんですね。真宮警察署の八田と北島です」今度は、八田が警察手帳を提示しながら名乗る。
「ええ、そうですが……。うちになにかご用ですか?」
「2週間前起こった殺人事件について、話聞かせてもらおうと思て、伺いました」
「あっ、あの事件ですか?」
「知ってますよね、浮島の森と熊野川の鉄橋で起きた事件や」
「ええ……。これから診察始まるんで、うちが警察にいってもかめへんけど。あとで警察にいくよって、それまで、待っててくれはりますか?」
「いや、警察にきてくれるんやったら、これから一緒にいきましょ。わしら車できてるさかえ、乗っていきなはれ」
「わかりました。支度するんで、ちょっと待っててくれはる?」
「ここで待ってるさかい、早う支度しなはれ」といって、八田は北島に目配せする。
北島は、表の玄関にまわり、万一逃亡されたときに備える。秋山宅には、動物病院の玄関と裏の勝手口の2箇所しか出入口がないことは、すでに確認ずみ。
八田は、長年の刑事の勘から、百合子が事件にかかわっていることを直感する。普通警察が自宅に訪ねてくると、
10分後、身支度を整えた百合子が勝手口に現れる。八田と北島は、近くに停めてある警察の公用車に百合子を同乗させ、真宮警察署に向かう。百合子を同行させる場合に備え、パトカーでなく、普通の公用車できていた。
警察署に到着した八田は、百合子を取り調べ室に待機させ、すぐに同行に至った経緯と八田の直感を神代に報告する。百合子の事情聴取は、神代自らが八田とともに行うことに。
「秋山百合子さん、あなたは、横山宏美と森田保をご存じですよね?」
「……」百合子は、黙ったままひと言も発しない。
「ふたりとも、あなたの息子さん、翔太さんがかつて勤めてた名古屋のスーパーいずみやの従業員です。店は、12年前倒産してますが、当時一緒に働いていたはずです。ふたりをご存じないですか?」
「ええ、知ってます」ようやく百合子が答える。
「2週間前そのふたりが殺されたのも、ご存じですよね。横山は浮島の森で撲殺され、森田は熊野川に突き落とされ、殺されました。
この事件に、あなたがかかわってるのではないですか?」
「いっ……、……」百合子は、なにか喋ろうとしたが、言葉が出ず黙りこむ。
「あなたがかかわったこと、話していただけませんか?」
「……」百合子は、依然としてなにも喋らない。
「黙秘ですか……。それでは、質問を変えます。
あなたの息子さん、翔太さんは、いずみやに勤めてましたよね。12年前和泉社長が殺害された事件の際、専務の和泉菜穂子と駆け落ちして、2億円もの金をもち逃げしたとされてます。この件も、もちろんご存じですよね?」
「そんなこと、ありません……。絶対ありませんよ……」
「当時の捜査記録を見る限りでは、ふたりは恋愛関係にあり、事件を契機に金をもって逃亡したとありますが……」
「それは、警察が勝手に決めつけただけです。翔太が、あれほど世話になってるいずみやを裏ぎって、お金もち逃げしたやなんて、絶対してませんよ。ましてや菜穂ちゃんと駆け落ちしたやなんて、考えられませんよ」
「そのように考える根拠は、なんですか?」
「菜穂ちゃんは、気さくでとてもええ子でした。うちとは、幼い頃からのつきあいで、ほんまよくしてくれました。その菜穂ちゃんが、旦那さん亡くなってんのに、すべてほったらかして、お金もち逃げしたやなんて……。幼い子ども残したままで……、そんなバカげたこと、やるわけおまへんよ。
それに、翔太よりも17も年上なんです。当時翔太には、大学時代からつきあってる彼女がいたんですよ……。
事件のあと、すぐに翔太のアパートにいったんです。そしたら部屋は、普段のままやった。朝出勤したままで、荷づくりもせんと、着替えももたんと、どこへ逃げますんや。あの子、パスポートなんかももってませんよ。
それに、机の中にキャッシュカードと現金、残ってました。あの子、けっこう慎重な子で、カードや現金もち歩くと、落としてしもたら困るっていうて、いつも財布にちょっとしかお金入れてません。
駆け落ちすんのに、現金やキャッシュカードもたんと逃げますやろか? いくら2億円あるちゅうても、おかしいと思いませんか?」
これまでの百合子とは一変し、ダムが崩壊したように
「駆け落ちしてないとなると、ふたりは、どうされたと思ってるのですか?」
「12年も経って、なんの連絡も寄こさんのは、殺されてるのに決まってます。
翔太は、そんな薄情な子じゃありませんよ。菜穂ちゃんだってそうです。自分の幼い子ども、残されてるんですよ。なんの連絡もないのは、きっと殺されてるんですよ……」百合子は、涙ぐみながら訴えるが、最後は言葉に詰まってしまう。
「誰に殺されたと考えてるんですか?」
「……」
「横山と森田がふたりを殺したと考えてるんでしょう?」
「……」
神代がしばらく百合子の様子を伺っていると、突然、百合子が意を決したように顔をあげ、神代に告白する。
「刑事さん、うっ、うちが殺しました。横山さんと森田さん、殺しました……」
「えっ、それは、ほんとですか?」
「ええ、ほんまです。間違いないです……。うちがふたりを殺しました……」
「それでは、ふたりを殺した状況を詳しく話してください」
「そっ、それは……。それは、まだいえません……」百合子は、一瞬俯いて黙りこむが、再び顔をあげ、神代に懇願する。
「それよりも、早う翔太と菜穂ちゃん、見つけてください。犬山大社のどこかに埋められてるんですよ。早う見つけてください。お願いします……」
「ちょっと待ってください。翔太さんと和泉菜穂子は、ほんとに殺されてるのですか?」神代が確認する。
「そっ、それは……。うちも詳しく知りませんが……、間違いないやろと思います」
「詳しく知らないのに、間違いないという根拠は、なんですか? それと、犬山大社に埋められてるという根拠も、話してください」
「そっ……。それは、まだいえません……。でも、犬山大社に埋められてるんは、確かなんです。早う見つけてください。お願いします……」
百合子は、遺体の捜索を懇願するばかりで、それ以外のことを話そうとしなかった。
百合子が横山と森田の殺人を自白したことで、百合子の事情聴取は、いったん打ちきられ、証拠を固めるため秋山宅の家宅捜索を行うことに。
この日の午後、真宮警察署の捜査員が秋山宅に派遣され、家宅捜索が行われた結果、まず百合子の軽自動車の座席から森田の指紋と毛髪が検出される。さらに、現場周辺を捜索しても見つからなかった森田のサイドバッグが、座席の下から見つかる。
秋山宅の物置から、横山の殺害で使われたと思われる金属バットが見つかり、血痕と指紋を照合した結果、血痕は横山のもの、指紋は百合子のものと判明。
それと、横山のポケットに入っていた犬山大社のお守りからも、百合子の指紋が検出される。
夕刻、百合子の自白とこれらの裏付け証拠により、百合子に対する逮捕状が請求され、許可が下りたため百合子は、真宮警察署内で逮捕される。
逮捕されたときも、百合子は、横山と森田を殺したことを認めながらも、詳しいことは語らず、早く犬山大社を捜索して、菜穂子と翔太の遺体を見つけてほしいとだけしかいわなかった。
夜になって、百合子の逮捕が、電話で神代から大輝に報告される。
「そうですか……。秋山百合子が、犯行を自白しましたか……。それで、犬山大社の捜索協力を愛知県警に要請できますか?」
「それは、かなり難しいと思われます。今のところ、秋山百合子の供述だけで、確かな根拠はなにもありませんから。これだけでは、とても県警の上層部が許可するとは、とても思えません」
「そうでしょうね。でも遺体が見つからない限り、百合子は、なにも話さないといってるんですよね。そうなると、無理してでも探し出さないと……」
「それは、そうなんですが……」
解決の糸口を見い出せないふたりは、電話口でしばらく黙ってしまう。
「神代さん、百合子は、どのようにして遺体が犬山大社に埋められてることを知ったのですか? これについて、なにか話してるんですか?」
「いえ、それについても、まったく口を割りません」
「これは、僕のまったくの憶測ですが、そのつもりで聞いてください。
この事件、なぜ12年も経った今になって、起きたのかをもう一度考えてみました。仮に2億円もち逃げしたとされる菜穂子と翔太が殺されてたとすると、それを知るのは、横山、森田、山名の3人です。そのうち横山と森田は、山分けした金で商売を成功させてますから、今さら過去の事件を穿り出されては困るはずです。そうなると、残るのは山名です。
山名は、おそらく山分けの見返りとして、遺体の遺棄を手伝ってるはずですから、自分が犯した罪を後悔し、翔太の母親で、自分の姉でもある百合子に事件の真相を告白したのではないでしょうか?
なぜ山名は、今になって告白したのか? それはわかりませんが、おそらく百合子は、山名から菜穂子と翔太が犬山大社に埋められてることを聞いたのではないでしょうか? そう考えると、すべての
「そうですね……、そうかもしれませんね。明日、もう一度百合子にこの件を追及してみます」
「よろしくお願いします。とにかく、なんとしても、菜穂子と翔太を見つけ出しましょう」
「わかりました」といって、神代は受話器を置いた。
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