滅びゆく異世界の神に任命されました。
猫寝
第1話 契約書には気を付けろ
「おめでとうございます!あなたは死にました!!」
「めでたくはないよ!?」
目が覚めたら突然、和室に居た。
畳六畳くらいの狭い部屋の中に、布団が敷いてあって、その上に座っていたのだ……女神様が。
緑の髪に白いゆったりしたロープのようなものを着て、少しだけ宙に浮いている。まあきっと女神だろう。あぐらかいてるけど、たぶんそうだろう。
「そもそも、ここはなんなんです?」
「ここ?ここはこの女神の部屋ですよ。落ち着くじゃないですか、和室」
「いやまあ、落ち着きますけど、女神って和室に居ます?」
畳に障子に掛け軸。そして真ん中に、おそらくずっと敷きっぱなしの布団。
その周囲には漫画とスマホとお菓子……めっちゃくつろいでるなこの女神……。
「女神だって、自分の好きな部屋に住む権利はあるでしょう?」
「そう言われたらそうですけど」
反論の余地も無いです。
「さて、時間も無いので話を進めますけど、あなたは死にました」
「それ、時間無いからで済ませられる話じゃないんですけど?」
しかし、女神様は私の言葉を無視して話を進めていく。
「そこで、あなたには神様になってもらいます」
「―――――……は?」
待て待て待て、意味が解らん。
「異世界転生、ご存じですよね?」
「いやまあ、最近よくあるやつですよね」
「それです」
それですかぁ……。
「最近は流行ってるから、伝えるのが楽でいいわぁ。昔はもっと丁寧に説明してたのよねぇ」
「そうですか……」
知らんがな。
「というか、なんで私が神様に?まだ死ねませんよ!ここからってところだったんですけど!!」
「知ってますとも。あなたは、幼い頃に両親を亡くし親戚の家で虐げられながら育ち、それでもずっと頑張って勉強してきて、苦労のかいもあって良い大学に入って卒業後はなんと外務省に就職し、上司の酷いパワハラにあいながらも外交官として世界各地を見て回りましたが、心身ともに疲れ果てたタイミングで上司のミスの責任を押し付けられて反論も出来ないまま失職。しかしそこから奮起し、こんな国は自分が変えてやる!と決意して32歳で政治家秘書に転職し、40間近にして一大決心で選挙に出馬するもライバル候補の策略により公職選挙法違反で逮捕。けれどそれでも心折れずに裁判で無実を証明し、もう一度選挙に挑んで見事当選!そしてついに今日、初めて国会に初登院!!!というタイミングで、ベタにトラックとの衝突事故で死にました。おめでとうございます!」
「めでたいわけあるかぁぁぁぁあぁ!!!!!!」
大変だったんだぞ!!ここまで来るのめっちゃ大変だったんだぞ!!!
「ビックリするくらい報われない苦労過ぎて笑っちゃいますね」
「せめて泣いてくれます!?」
なにこれもう!!選挙もめっちゃ金かかったのに!!借金したぞ!!
「あ、借金はあなたの保険金で全部返せたので、お気になさらず」
「じゃあ良かった。いや良くはないけど!まあでも良かったよ!友人とかお世話になった先生に借りた金だったし!」
本来ならその借りは仕事で返したかったけども。
「っていうか、さっきからなんなんですかその「おめでとうございます」って」
「だってあなた、薄々感づいていたでしょう? 自分が政治家になったところで、この国を、この世界を変える事なんかできないって」
その言葉に、荒ぶっていた自分の心がスッと冷えるを感じた。
確かにそれはその通りだ。
自分なりにこの国を、世界を変えたいと思った居たけれど、外交官として世界を見て、秘書として政治を見て、自分ひとりの力で変えられることなんてほとんど無いんじゃないかって、そんな予感は確かに強く感じていたんだ。
「けれどあなたには見込みがある、能力がある。そう感じたからこそ私は、あなたに異世界の神になって、理想の世界を作って欲しいのです」
「理想の……世界」
「そうです。戦争も貧困も差別も格差も存在しない理想の国、それをあなたが作り上げるのです。神様になれば、それが出来るのです。たぶん」
……そうか、それも良いかもしれないな……全くの新しい世界で、神様になって理想の世界を作る。何のしがらみもなく自由にできる。
それなら、自分が今まで生きて来た人生にも意味があるかもしれない。
40年間も勉強と仕事で得た知識で、夢見た理想の世界を、自分の力で作りあげる!!
なかなかにそそられる話じゃないか!
……ただ、最後に言ってた「たぶん」が気になるけどな?
「一応質問ですけど、神様というのはどの程度の事が出来るんですかね?ゼロから新しい宇宙を作るとかそういう……?」
「いや、さすがにそこまでの権限は与えられません。形としては、現状ある程度まで文明の進んだ異世界の一つをあなたに差し上げるので、それを自由に使ってください、という形になります」
なるほどつまり全知全能の神とか言うわけではなく、いくつもあるいろんな世界の中の一つを僕に任せてくれる、ということか。
まあそれはそれで悪くない。さすがに宇宙を作って星を作って土地を作って人を作って……とやっていくのはいくらなんでも手間がかかり過ぎるからな。
ある程度出来上がった世界を自分の思うとおりに作り替えていく方がやりやすいだろう。
「もう一つ質問ですけど、これ断ったらどうなるんですか?」
「どうにもなりません。あなたの死、それはもう確定された事実なので、普通に死にます」
「生き返ったりは……?」
「当然しません」
……じゃあもうやるしかないやつじゃん!!!
「―――わかった、やりますよ。面白そうだし、なによりこのままじゃあ今までの経験が活きることなく人生を終えることになってしまう。それはさすがに―――悔いが残り過ぎますからね」
死ぬほど勉強してきた人生だ。
最後に神様として一花咲かせてやろうじゃないか!
「よし、じゃあこの契約書にサインしておくれ」
……神様の世界にも契約書とかあるのか、世知辛いな。
差し出された契約書はとても簡素なもので、A4サイズくらいの紙の真ん中に大きな文字で「私は異世界クライシルの神となることを誓います」だけ書いてあり、その下にサインを記入する場所があった。
クライシル……それが私の担当する異世界の名前なのか。
けど、他には何も書いてないな……あまりにも簡素が過ぎる。
「……これだけですか?」
「……そうですよ」
……怪しい。学生ならともかく、こちとら社会人ガッツリやって来たんだ。
契約書は隅々まで読まないと後々のトラブルになることは身に染みている。
眼をこらすと、大きな文字の下にまるで模様のように書いてある何かを見つける。
……文章のようにも見えるけど……なんだこれ見たことない言語だぞ……?
「あの、ここに書いてあるこれはなんですか?」
「えっ??な、なんのことですか??」
あからさまに目が泳いで声がうわずったぞ……詐欺師のやり口じゃん!!
「まさか、僕を騙そうとしてるんじゃないでしょうね……」
「ま、まさかぁ。ここにはその……クライシルが滅びたら、その神であるあなたも死にますよ、というようなことが書いてあるだけですよ、はい」
「は!?なんですかそれ!?」
「いやそれはそういうものなのよ。だって、世界が滅びたら神も存在できないでしょ?神が存在し続けるには人々の信仰が必要なのだから」
そういうものなのか……?
そもそも、神が居るからそこに信仰が生まれるのでは……先に信仰が無ければ存在出来ない神ってなんだ?人々の思いが生み出した存在なのか神は?
と、神の定義を考えてしまいそうになったが……冷静に考えれば、神の定義なんてものにはあまり意味はない。
どうせこのままだったら死ぬしかない人間にもう一度チャンスが与えられたのだし、それが失敗したら終わりというのも致し方ないことだろう。
「……まあ、それは良いでしょう。問題は、なぜそれを隠したのか?ってことです」
「いやほら、私たち神の常識からするとそれは当然の事なのだけど、失敗したら滅んでしまうなんて人間からしたら怖がってやるのやめるって言うかなぁと思ったのよ」
……確かに、気軽な気持ちでは出来なくなるし、上手く行かなかったからやーめよ、って訳にもいかなくなるので多少覚悟は必要だろうけど……。
「でも、やめたってこっちが死ぬだけなんだし、別にそっちは困らないのでは?隠す理由がやっぱり納得いきませんね……」
「それはその……正直に言ってしまうと、神様の世界も手が足りないのよ。最近はいろいろなところにいろいろな異世界が誕生していて、全ての世界が管理しきれないの。だから、あなたのように素質のある人になるべく神になって欲しいって事情は、正直あるわね」
嘘を言っているようには見えない……疑いはまだあるが、結局は「どうせやらなきゃこれで死ぬ」ってとこに戻る。
「……わかりました。引き受けましょう」
サインをすると、紙が光って宙を舞い、天井付近でふっと消えた。
「良かった!これで契約成立よ!助かったー。じゃあ、すぐにあなたを異世界クライシルへと送るから、そこで動かないでいてね」
……満面の笑顔ですね女神様。
嫌な予感しかしないけど、もう後戻りも出来ないし、覚悟を決めるしかない!!
理想の世界を作るんだ。
戦争も貧困も差別も格差も存在しない、平和でみんなが幸せになれる世界を!!
「あ、一応説明しておくと、クライシルには四つの国があってね、それぞれ戦争・貧困・差別・格差の問題が酷くて、ちゃんと解決しないと絶対に100年で滅びるから頑張ってね」
………ん?
待って待って、今なんて――――
「じゃ、いってらっしゃーい」
「ちょっとま……ああああああああああああ!!!!」
突然畳に穴が開いてそこからすごい勢いで垂直落下していく僕!!
上空からわずかに聞こえてきた女神の声は―――
「あーよかった。あの世界本当にもう手のつけようが無かったのよね。良い厄介払いが出来たわー」
だ、騙されたーーー!!!
やっぱり騙されてたちくしょーーーー!!
「こ、このクソ女神ぃぃぃぃぃぃぃぃ……ぃぃぃ……ぃぃ」
落下しながら悪態をつくが、もはや後の祭り。
こうして私は、不良債権異世界を押し付けられ、その世界を神として運営していくハメに陥ったのだった――――……。
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