第14話 生粋の商人。

 昨日と同じ応接室に通されると、昨日と同じように机を挟んで向き合う私とカートスさん。

 昨日と違うのは、私の背後にセっちゃんとナルルが立っているということくらいだ。個人的には一緒に椅子に座っても良いのだけど……本人たちが後ろで控えてるというので無理強いするわけにもいかない。

 まあ、カートスさんは二人が奴隷だと知っているわけで、そういう人の前では奴隷らしい動きをした方が良い、という二人の判断なのだろう。

 それを却下して隣に座ることを無理強いするのは、我を通したいだけの子供のすることだ。

 なにせ私はそこそこ年取った大人なので、二人の意見は尊重したい。


「さて、ゴッド様。一体何をお知りになりたいのです?」

 座って一息つくと、カートスさんの方から仕掛けて来た。

 ……何かうまい商売の話があれば逃さないぞ、という目だ。さてさて、どこまで信用しても良いのやら……。

「いやなに、この辺りの食糧事情について少しね」

 こちらとしても様子を伺いつつ会話を進める。

 貧困を解消したい、なんて言ったらカートスさんたちが大きなお金を動かす計画を持ち掛けてくるかもしれない。

 それはそれで一つの案ではあるかもしれないけど……まだそこまで踏み込むにはカートスさんのことを知らな過ぎる。

「失礼ですが、ゴッド様はこの辺りにお住まいなのですか?」

 ……まあ、自然な疑問だろうな。

 この辺りの事情に詳しくない人間が奴隷を買ってなおかつ食料の調達となれば、それなりの規模の旅をしているか、近くに住むことになったかのどちらかだ。

「ええ、ここから少し離れた山の中に家をね。少々、都会に疲れてしまいまして」

 本当と嘘を混ぜるくらいで丁度良いんだこういう探り合いのような会話は。

「そうですか、確かにこの辺りには別荘地も多くありますしね」

 そうなのか……なるほどそれで合点がいった。

 それでなければこの町にこんな立派な奴隷商の店を構える意味はないものな。失礼ながら、日々の暮らしにも困っていそうな町の人たちが買える訳がないんだから。

 ただ、いくら別荘地があるとはいえこの町で高級奴隷だけでは商売として割に合わないだろうし、普段は安い奴隷も取り扱っているのかもしれないな。

 ここで、突然カートスさんの目の色が変わる。

 狩人の目だぞこれは。

「しかし、別荘地が賑わっていたのも昔の話。それと言うのも最近はこの辺りの食糧事情が悪くなってきまして……食べ物を手に入れるのにも一苦労なのですわ」

「そのようですね」

 ……なぜ食糧事情が悪くなったのか、と質問しそうになってやめた。

 もし、この世界の人間なら知っていて当然の何かが起こった結果なのだとしたら、それを質問した途端に私は世間知らずの金持ちの烙印を押されてしまうだろう。

 その瞬間、一気に刈り取りにこられる可能性もある、気を付けなければ。

「そこでご提案なのですが……」

 来たな?

「わたくし共は、食料品も扱っているのですが……よろしければ購入しませんか?」

 なるほどそう来たか。

 しかしこれならそう悪い話でもないような気がするな……?

 申し訳ないけどこの町で食料品を集めるのは、日本で暮らしていた人間の衛生観念からするとだいぶ抵抗がある。

 新鮮で清潔な肉や野菜が手に入るなら正直ありがたい。

「どのようなものがあるのですか?」

 それを待ってました、とばかりに微笑んでカートスさんは立ち上がる。

「ご案内しましょう」


 連れて行かれたのは、建物から一度外へ出て裏手にある小屋の中。

 そこから地下へ階段が伸びていて、入ると少しひんやりした。

 なるほど、気温の低い地下に保存してあるのか。冷蔵庫替わりだな。

 セっちゃんはしきりに罠などないかと周囲を警戒していた。警備として頼もしい限りだ。

 ナルルはひたすらワクワクしている。かわいい。

 さらに階段を進んでいくと、一段降りるごとに気温が下がるような感覚。

「だいぶ冷えますね」

「ええ、この辺りは地下水が豊富なので地下は涼しいんです。……それだけじゃありませんけどね」

 意味深なセリフを言いながらも歩を進めるカートスさんの後をついていくと、階段の先には一枚の扉。

 見るからに重そうな鉄の扉を、体全体で押すように開けると――――一気に冷気が噴き出してきた。

 これは――――

「氷の、部屋?」

 扉の向こうは四方を氷で囲まれた部屋が存在した。

 そしてその部屋の中には棚や箱が理路整然と置かれていて、そこには大量の食糧が冷やされた状態で保管されていた。

 まるで、部屋全体が巨大な冷蔵庫だ。

「これは……凄いな……」

 見ただけで、食料品の質が街で売っているものとは段違いだとわかる。

 これなら安心して食べられそうだ。

「どうですか?お気に召しましたか?」

 自身に満ち溢れた笑顔で語りかけて来るカートスさん。

 そりゃそうだろう。これに納得しない客が居るはずがない。

「ええ、しかしこの部屋、どうなってるんですか?」

 いくら地下で気温が低いとはいえ氷なんてすぐに溶けてしまいそうなものだが……。

「これは、魔法の氷です。魔法で生み出されて、魔法で保持されている……そう簡単には解けない特別製ですよ」

 魔法……なるほど魔法か。

 エルフが居るような世界だもんな、魔法もあってしかるべきだろう。たぶん。

「カートスさんのお店では魔法使いも雇っておられるのですか?」

「いいえ」

「……雇ってないのですか?」

 一度作ってもらったら半永久的なのかこの氷は?

 そんな便利なことがあるのか?

「雇っているのではありません。わたくしが、魔法使いなのです」

「え!?」

 カートスさんが……魔法使い!?

「ええ、炎、氷、風、土……一通りの基礎魔法は使えますが、なかでも氷を得意としておりまして。それを利用して、このような部屋を作って商売に利用しているというわけです」

 なるほど……魔法使いが魔法を利用して商売するってのはあまりイメージ無かったけど理には適っているな。自分で冷蔵室を用意できればそれだけ経費は抑えられる。

「では、もしやこの地下道も?」

「ええ、土の魔法で作りました。もちろん、このあたり一帯の土地は買い上げてあります。扉だけは職人に頼みましたけどね」

「凄いですね……けど、それだけ優秀な魔法使いなら戦いの場に誘われたりするんじゃないですか?」

 私の言葉に、カートスさんは妖しく笑う。

「ふふっ、戦いなんて、命の危険に見合った報酬の無い事致しませんよ。商売は少ない危険で大きく稼げる。天から与えられた才を使うのならばこちらがふさわしいですよ」

 まあ確かに、常に命の危険が付きまとう戦いに比べたら商売で命を落とすことは……無いとは言わないが、少ないだろう。

 戦いと商売、どちらが上と言うこともなく、どちらに向いているか、という話だ。

 この地下冷蔵庫ひとつとっても、彼女は魔法を商売に活かす才がある気がする。

 ……ふむ、これは彼女を味方にしておくのは、私がこの世界を救ううえでも確実に役立つ予感がするぞ!

「うん、なるほど……カートスさん、私はあなたを気に入りました」

「あらあら、そうですの?珍しいお方。皆わたくしを金の亡者だと罵りますのに」

「金の亡者大いに結構。金を稼ぐことがあなたの才であり、かつ生きる糧であるのならどうしてそれを否定することがありましょうか。なにより商売は経済を回します。それは結果的に多くの人を救うでしょう。金を稼ぐというのは価値のある行為なのですよ」

 これは本当にそうで、前世(?)で世界を見て回っていて感じたのは、金持ちというのはそれだけで国を動かすだけの存在になり得るのだ。

 もちろんそれが全ていい方向に出るとは限らないが……金は天下の回り物、稼ぐ人間の回す金が無ければ世の中は動いていかないからね。

「ゴッド様とは末永いお付き合いが出来ると嬉しいですわ」

 握手を求めて手を伸ばしてきたので、それに応える。

 ……一瞬、これを掴んだら今日もなんか買わないと駄目だよな?と思ったが……まあ、それも良いか。先行投資みたいなもんだ。


「ええ、こちらこそよろしく」


 こうして、魔法使い商人のカートスさんを仲間に……は出来てないかもしれないが、文字通り手を結ぶことには成功した……んじゃないかな?たぶん。 

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